聖なる場所を巡る 靖国神社 築土神社 神田明神 2016.5.14土曜日
南門を入ってすぐのところは幕末期に隆盛を誇った剣術、神道無念流の練兵館
があったそうです。
今はそこに鳥居があります。そこから先へは入れませんが鎮魂社と元宮がその奥にあるようです。
本殿の拝殿に向かって左側ですが、現在はセキュリティ上の事情で公開していないそうです。神威を感じる空間です。
もとは芝公園にあったそうです。
靖国神社を出て神保町方面へ向かいます。その途中、今年の3月21日
に立ち寄った築土神社へ立ち寄ります。
神保町の共栄堂でカレーを頂きました。
ビーフカレー
食後のお茶は駿河台下の古瀬戸へ
駿河台ブレンドとタルトを頂きました
それから神田明神へ向かいます。その途中にある太田姫神社へ立ち寄ります
実は以前、このあたりに住んでいてここがその辺の土地神様だったのだと思います。
門と塀が改築されてきれいになりました。
めずらしい魚から水が出る手水社
ちょうど今日、明日がお祭りでした。明日は御神輿が出るようです。
それから、駿河台の坂を上りニコライ堂の横を通って、さらに聖橋を渡り神田明神へ。
今日は出発が遅くて、靖国神社やカレーやお茶でゆっくりとしたので神田神社に着いた頃には
もう夕方6時に近い時間でした。
そのためか思ったほど参拝客も多くはなかったですね。本殿でお参りして、今日は末社を見て回りました。
ところで、この神田明神の正式名称は神田神社です。明神という社号はそこに祀られる「平将門」を指しての呼称でしょう。しかし、実は明治七年から昭和五十九年の百十年の長きにわたり、主祭神から外されていたのだそうです。明治政府の政策として朝敵とされたためでしょうけど、昭和の終わり頃までそんな扱いをされていたのは意外です。
そして、将門を祀る神田明神を江戸総鎮守としたのは、江戸時代初期の徳川幕府の宗教政策を牛耳った天台僧の天海のアイデアらしい。それで江戸っ子は尊王精神を持ちにくく仕向けたんだって。そうえいば生粋の江戸っ子の友人は天皇様よりも公方様だって言ってたっけ。
でも、皮肉にも神田明神が国学発祥の地となって尊王攘夷の志士たちの思想を育むことになるのですけどね。
ともあれ、江戸っ子にとっては「てやんでぇ こちとら神田の生まれよ!」ってタンカをきるのが大好きで、神田の生まれでなければ、それにあこがれて神田詣でをしたそうですね。それは将門さまが江戸の庶民に愛されていたからだと思います。
わたくし、実は今、大変に将門さまに興味がありまして、彼についての小説を読むことにしました。ちょうど今日下の海音寺潮五郎の文庫の一巻がアマゾンで到着しました。
神田神社からまた神保町へもどり、三省堂書店で新刊の売れ筋本のチェックと、精神世界の本コーナーで怪しい本をチェックします。
所謂、スピ系では、まあ、いろんな不思議な本がありますこと。タイトルを見ていると書いたもの勝ちみたいな本や肩書の方の本もありますね。面白いですね~。
この時点でスマホの万歩計は、1万5千ぽ近く達してかなり足が疲れています。それで三省堂横の上島コーヒーで再度の休憩。
昔、三省堂の支店の「自由時間」があったころは上島コーヒーに行くのが楽しみだったのだけれど。今はスズラン通りの三省堂のすぐ隣にできまたね。神保町で本を買って喫茶店で読むってとても楽しい過ごし方だったな~。
今日も聖なる場所を訪ね歩けて感謝です。ありがとうございました!