聖なる場所を巡る 愛宕神社の千日詣り百五十四日目 郷社氷川神社 飯倉熊野神社 2016.8.1月曜日
いよいよ八月に入りました!
今日は日中小雨で梅雨明けしたのにはっきりしないお天気でしたね。
今日も仕事が終わってから愛宕神社の千日詣りに向かいましたよ。
バイクで裏参道?ひたあがると、NHK放送博物館と神社の駐車場が盆踊り会場になっています!
どうやら慈恵医大が借り切っているようです。
ちょっとびっくり。こちらからは境内に入れないようなので、あきらめて車を正面の参道に回して出世の石段を上って行きます。
もちろん徒歩ですよ~わたくしにそんなバイク術はございません。トライアル競技のレベルならトライアル用のマシンで登り切るのではないでしょうか?
www.youtube.comまあ、神社の階段でそんなことやったら大ごとですが、、、では馬だったらよかったのかってちょっと思いますが。
そんなことを思いつつ、熱帯夜の中出世の石段をせっせと登ります。
石段から上がった境内はパイロンで駐車場の盆踊り会場と仕切られています。明日の夜もやってそうな感じ。
ともかく、いつもどおり本殿、太郎坊社、福寿稲荷社、恵比寿・大黒天とまずはお参りします。
末社の福寿稲荷の扉に今日も黄金虫が止まっています。験(ゲン)がいいので撮りました~
扉の下の石の上にも別の黄金虫がおります。
黄金虫の歌を知っている方はどうぞ、、、
今日の白ネコさん。まわりは盆踊りの放送で騒がしいのですが岩の上でお休みでした。わたくしが近づくといつものように起きだして餌場に来ます。
こちらはビビりの白ネコ2号。やっぱり逃げますね。特に今日は環境が違うから仕方ないか~
百五十回を超えてからなんか確信めいたものがあります。この千日詣りと聖なる場所を訪ねる行為が自分の日常に取り入られていること。
そして、それにより明らかな力を頂いていることです。自分の生活の中で大きな励みになっていることは事実ですよ。
そういうのって、一般的には、もちろん主観の世界の事でしょうけどね。
でも人間は主観でしかモノ事は判らないわけですよね。客観的に考えることはできますが、突き詰めれば、それを考えているのは自分(主観)な訳ですからね~
だんだん訳が分からなくなって来ますかね?まあ、そういうのは、わたくしは結構嫌いではないのですけどね~ある程度はですが。
てな事で、帰りはまた地元の郷社氷川神社です。地元の神様は基本大事でしょう~って事です!!
それから、夕方に会社の近くの飯倉熊野神社へ行きました。今日は一日なので東京神社庁の命の言葉の八月の札が置いていました。会社に置いて来たので、今度上げますね。