聖なる場所を巡る日記

東京都港区の愛宕神社への千日参りと、日々訪れる聖なる場所についての日記

聖なる時空を求めて~奈良 天河大弁財天、洞川、吉野をレンタカーで旅する 前編

聖なる場所 wanderer

2017年夏、、7月16日大神神社の一日瀧行を終えた :

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この週は17日の月曜日が海の日で三連休。

せっかく奈良まで来たので更に聖なる場所を求めて彷徨うことにしましたよ。

 

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三輪山の尾根の行場から

 

瀧行の同人に大和八木まで車で送ってもらった。

そのまま、トヨタレンターに予約なしで行ってみた。夏の三連休だ借りられる車はないかもしれない、

こういうのは出たとこ勝負だ、、、

 

すると、最も借りたかった安価な1000CCクラスの車がなんかの事情で一台がちょうど戻って来たところだという。ガソリンがわずかに減っているが、それを除いて後清算でよいならすぐに出発できるという。

 

グッドタイミング!ああ、これは呼ばれているなって思った。

 

親切なお店のお姉さんにカーナビの設定を教えてもらった。どちらへ行きますか~?って聞かれたので天河神社と言ったら、「天河大弁財天」と入力してくれた。それが正式名称なのですね~!

 

彼女もそこへ昨年行った言う。途中狭くて曲がりくねった道もあるので気をつけてくださいね!ってご助言を頂いた。

 

女神のいざない、、、聖なる峰の大弁天へ

天河神社は今回初めて行く、うろ覚えだけどずっと前、「天河神社殺人事件」という映画があったと思っていた。実際は「天河伝説殺人事件」だった。

 

まあ、映画の予告編かコマーシャルをテレビで見ただけで本編は見ていないのでそんな曖昧な記憶だ。

 

それで、「ここには来られる人しか来れない」っていうような場所だというのが謳い文句になっていたと記憶している。

「来られる人しか来れないような特別な場所」なのだろうと長年思っていた。

 

しかし、冷静に考えてみると、それはどんな場所でもそうなのだけどね。つまり、人は自分が在った場所にしかその一生で在ることはないのですよ。

 

でも、場所の側でその人の在れるべき所かを決めるとしたら、、、それは場所の意志なのか?

むしろ、仏教の言う縁起(えんぎ)ということの一つなのかと思える。

 

そんなふうに思い立って出先の奈良県で「天河大弁財天」への旅を始めた。

カーナビの付いたレンタカーは心強い。もしも、なんかの理由でこの目的地に到達できなれば、どこか別の所へ行けば良いと気楽に考えた。

 

まあ、本当に人は「行けるところにしか行けない」のです、、、

自分の体験として、大神神社のご神体三輪山への登山は出来なかったし、

ichigo2015.hatenadiary.jpここで三輪山登拝の受付をするのですが、なんとこの日は年数回のお祭りの日で、慣例により登拝が出来ない日でした~

  

先の沖縄宮古島旅でもの大神島への訪問は断念した、、、

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 はぁ、まあそうですね~。それに今回、ちゃんと準備をしたつもりが、免許証を忘れたのはある種の符号と受け取れた。それで、この旅では大神島へ行く事はやめた。

 

この二つの場所へ行けなかったのは、「時」が絡んでいて、その時がいつか来ると思っておりますが。

 

ともあれ、今回はレンタカーを駆って伝説的な聖なる場所を目指した。

連休の中日、大和路はすごく混んでいた。

途中、あまりにも渋滞しているので、本当にここも訪れることが出来ない場所になるかな~って思うほどだった。

 

途中、山の道路に入ってから道は空いた。このレンタカーはノークラだけど、ワインディング道をオーバートップからの一速落としのエンブレを効かせてキビキビと走ってくれましたよ。

 

道は空いたが確かに山深いところだ、、道はキレイに舗装されているが昔は交通の難所だったのであろうなと思いながらハンドルを握っていた。

 

宵宮祭りの大弁財天社

実はこの日に天河弁財天を目指したのはもう一つ理由があった。

スマホで調べると、ちょうどその日が「宵宮」という大きなお祭りの日で夜間にイベントがあるからだった。

 

イベントの開始はたしか夜の7時だったか?6時半過ぎに現地に到着した。

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普段霊感などない人でも、ここに来て、何かがいる気配ような怖さを感じてしまうことがあるなんて言うブログがあったが、、、果たして自分は何を感じるか?

 

う~ん、山の精気に満ちているって感じはすごくあります。でも、他の方のブログに書かれているような見えない存在への「怖さ」の感覚は自分には無いですね~

 

これはわたくしが鈍感なのかですかな。

わたくしのこの地の第一印象としては、聖なる場所であると同時にある種の「俗さ」を感じたのですよ。

 

これは年に一度の大きなお祭りを控えている空気なのかも知れない。

これは、繁盛している商売重視型神社で感じる感覚に近いのかも知れない

あるいは、もとより聖と俗は表裏なのでしょうかね。

 

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とにかく、大弁財天様へお参りをさせてもらおうと思い拝殿方に行くと、もうイベントの準備で椅子がずらりと並び、拝殿へ向かう階段も会場として設営がされていてこれから参拝できる感じではない。

 

スタッフの人が座席票をお持ちですかと聞いてきた。「いえ持っておりませんが」と応じると、ではとりあえずその辺の空いているところに座ってくださいと言われて、実はこれから何があるかもよく判らないまま腰掛けて待った。

 

大弁財天の音霊奉納(コンサート)

すると、宮司さんのような方からお話しあって修験道の行者さんが挨拶された。

そう、ここは修験道の聖地でもあるのですな。

 

それが終わると拝殿とは反対側のステージでコンサートが始まった。

www.youtube.com大峯本宮 天河大辨財天社 例大祭 宵宮祭 音霊奉納 平成29年7月16日 Ohminehongu Tenkawa dai benzaitensha Reitaisai Yoimiyasai dedication 'Otodama' music performance Yoshino, Nara Japan 16th July 2017. 天空人 TENCOOJING Acoon Hibino (key, piano, 528 producer) SAKi (vocal) Jody Tenkuu Miyashita (guitar) guest: Seimo Yamaguchi (Shakuhachi bamboo flute)

上の動画をYou Tubeで見つけました。これがそのコンサートの映像です。

 

わたくし、音楽の事はよくわからないのですが、どうもシンセサイザーで有名な喜多郎さんに関係する音楽家さん達のようです。

和楽器を演奏する方もおられました。

 

この上の動画を見ることができるのでしたら、48分からの歌を是非聴いてください。

美しい女性シンガーの方の神秘的な歌声がとても印象的です。 

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現地で聞いたときは、いやいや、なかなか良いものに巡り当たったものだと思い感動しましたよ。さすが芸能の神様でごいざいます。

 

天川村に宿泊

コンサートが終わって、お腹が空いたので味噌おでんと焼き鳥を神社内の出店で食べた。縁日のようにお店が出ていると思ったがそうでもなく、多分神社が自前でやっているお店が一件だけでした。その意味では縁日的な俗っぽさはない。

 

今回は無事に到着して、宵宮祭りの見物できた天河大弁財天だった。ただ、問題は泊まる宿がないことだった。天河大弁財天周辺の宿は宵宮のお祭りのためかどこも満室だった。

 

そういう時はどうするか?その地元の観光協会にとにかく泊まれる所を紹介してもらうに限る。宵宮の始まる前に、観光協会の連絡先をスマホで探して電話すると、一件泊まれるはずなのでそこに電話してと言われた。

 

そこは洞川(どろがわ)という所だって。同じ天川村内である。その宿の人と電話で話した。素泊まりで良いなら泊まれるという。祭りのコンサートが終わって、その方に再度電話をかける。

 

しかし、神社からそこ場所への行き方を問うとその説明は要領を得ない、、、途中まで迎えに来てくれるというのだが、、、

 

電話の説明ではどこへ行けば良いのか判らなかったので、スマホの地図アプリで確認してカーナビでそこを目指す。はじめは神社から歩いて行けるくらいの距離かと思ったが、とんでもない!山ひとつ超えてゆくところだった。

 

ほんとう、カーナビ便利!洞川集落の入り口まで宿人が原チャリで迎えに来てくれた。橋のたもとでその人に会えて後は、温泉街?をバイクの後を追ってついて行く。

 

お腹が空いたがもう遅い時間で夕食もないようで、瀧行で先生から頂いたアメリカ土産のマカデミアチョコレートをバクバク食べて空腹をごまかす。

 

お風呂は入ることが出来た。ラジウム泉だったかな、とても水がやわらかくて暖かい。心地よく入浴できた。

 

部屋はとなりの家族連れと仕切られた座敷だったが結構広い。お隣も寝静まっているので自分の部屋でちょっとだけおとなしく本を読んだ。

 

その本は、持参した川面凡児先生の全集のどれかの巻、、、それをパラってめくって見つけたページに「寝る前に神様へ今日も全然至りませんでしたが、明日こそはと決意を語り、また次の日もそれを繰り返せることに感謝する、、」ってな内容があってそれが心に残った。今、その部分を全集の中から探しているけど見つからない。

 

翌朝は洞川をあるいて再度大弁財天社に行き、吉野へ向かった。それはまた今度

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