令和元年11月 聖なる場所を巡る日記 伊勢の旅その二 天岩戸、おうむ岩、伊雑宮(内宮別宮)
伊勢の旅のその二
外宮から内宮を巡って宿泊先の志摩のホテルに向かいます
その途中で「天の岩戸」に立ち寄ります
あの天照大御神の岩戸隠れの伝説の場所だそうです。
実は天照大神が修行をした場所との説もあるみたい。
天の岩戸
伊勢志摩・英虞湾沿いの志摩磯部には「恵利原(えりはら)の水穴」と呼ばれる霊水が湧き出る場所がある
またここは「天岩戸伝説」が残る特別な場所でもあり、地元ではこのエリアを「特に霊気の強い場所」として大切に保存・維持しております
この鳥居の奥が「天の岩戸」らしい。
中は洞窟になっているという。
その中に入って禊ができるそうだが、、、
世界の真珠王御木本幸吉氏がここを信仰しており、
事業のピンチのときにこの洞穴の中で祈願して大成功をなしたという。
一方で同行でガイド役の人によれば中に入っていけないという言い伝えもあるという。
「思い立つ日が吉日吉時、向かうところは吉方吉所」の稜威会員である、
明日入ってみましょう!と啖呵を切る(^_^)
翌朝5時半に起きて皆でここに禊ぎに来る。
日曜日の朝であるのに到着すると先客がいた。
大阪から来ている団体との事
修験道系統であろか?
天の岩戸の鳥居の下側がお滝場となっている
先の団体が瀧行をしている間
天岩戸の前面で稜威会の神事(かむわざ)を奉じる
その間に更に別の団体も到着
彼らは地元人でここで禊行をやっているそうだが、洞窟に入ってその中で禊を行うそうだ!
洞窟は入り口は狭いが中はドーム状に広い空間があるのだって。
われわれが下の御瀧で水行している間、その団体は川上にあたる洞窟での禊を待ってくれていた。
こちらの瀧の禊が終わって、もう一方の団体の行が始まるので自分の洞窟での禊は断念した。
さて、今回の旅のメインは、内宮(皇大神宮)の別宮である伊雑宮(いざわのみや)の宮司だった伊勢の神人小泉太志命翁の神武参剣道場の訪問である。
一行は伊雑宮へ向かう、その途中にあるおうむ岩に立ち寄る。
おうむ岩
おうむ岩は、垂直に切り立つ大岩壁です。「語り場」から話しかけると、50m離れた「聞き場」に届くという不思議な現象が起き、まるで岩が話しているかのような聞こえ方をします。頂上は遠くに太平洋も一望できる絶景スポットになっています。
おうむ岩の頂上からの眺望
この日はとても良いお天気でした。懐かしい田園風景。
この辺も大昔は海底だったですね。
そして伊雑宮に到着。駐車場の前に田んぼが広がっている。
磯部の御神田
磯部の御神田(いそべのおみた)は、三重県志摩市の伊雑宮に伝わる民俗芸能の田楽。保護団体は、磯部の御神田奉仕会。1973年12月4日に記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(選択無形民俗文化財)に選択[1]、1990年3月29日に重要無形民俗文化財に指定された。また東海農政局による「東海美の里百選」に選定されている
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A3%AF%E9%83%A8%E3%81%AE%E5%BE%A1%E7%A5%9E%E7%94%B0
皇大神宮別宮 伊雑宮(いざわのみや、いぞうぐう)
神宮には十四所の別宮があります。
その一つがこの伊雑宮です。
主祭神:天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)
古い神社らしく森に囲まれた聖域です。
多くの巨木があります。
2千年前の古墳時代からの聖域、、、こんな巨木の中をあるくと神々しい気分になります。
苔に覆われた楠の巨木の根っこ?気が噴出しています
倭姫命(古事記では倭比売命、やまとひめのみこと。生没年不詳)は、記紀の編年に従うと古墳時代以前の皇族。第11代垂仁天皇の第4皇女。母は皇后日葉酢媛命。天照大神を磯城の厳橿之本(笠縫神社、檜原神社比定)に神籬を立てて、垂仁天皇25年3月丙申、伊勢の地に祀った(現・伊勢神宮)皇女とされ、これが斎宮の直接の起源であるとも伝えられている。
上之郷の石神
伊雑宮の周辺にはいろいろあるようです。時間があればゆっくり回りたいものだ。
そしていよいよこの旅のクライマックス、神武参剣道場へ!
伊勢の神人の剣術道場や如何に!?
その三につづく。