聖なる場所を巡る日記

東京都港区の愛宕神社への千日参りと、日々訪れる聖なる場所についての日記

令和二年八月二十二日 千駄ヶ谷でラーメン食べて鳩森八幡神社でお詣り

暑いですね~

今日は午前中に所用でバイクで出かけましたが

お昼には戻って、日中はクーラーの効いたお家にいましたよ。

 

ナイトライド ~夜風が涼しくなる頃は♬

でも暑い日に何故かラーメンが食べたくなったりします。

それで日が落ちてからオートバイで渋谷区千駄ヶ谷へラーメンを食べに行きます。

 

ここはあの東京2020オリンピックのために新設された国立競技場の真ん前に昔からあるラーメン屋さんです!

 

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オリンピックやっていたらこの辺には近づかなかっただろうな~

きっとこの辺は、スゴイ人混みだし、なんだか来るだけで面倒くさそうだ。

 

 このラーメン屋さん、千駄ヶ谷ホープ軒については、4年前にブログに書いてました。

このとき30年ぶりに来たのね、、、

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今日は、季節メニューでつけ麺があったのでそれにしましたよ。

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はじめて、このお店のつけ麺をいただいた。

さっぱりして美味しい。

個人的にはここの熱いラーメンの方が好きかな。

 

鳩森八幡神社

http://www.hatonomori-shrine.or.jp/

ラーメンの後は、ちかくの鳩森八幡神社にお詣りにゆきます。

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ここに来るのはいつも夜ですね、、、

 

こんな過去記事がありました:

ichigo2015.hatenadiary.jp

 

 

これも四年前か、、、やることは変わってないですね(^_^)

 

こうしていろんな神社を巡っておりますが、結局はご縁のある場所に繰り返し行くようです。

 

リピーターってやつです。

 

そんな、ご縁のある聖なる場所では、修禊(みそぎの修行)でおこなう「神事」(カミワザ)を自分で行います。

 

まあ、端から見たら怪しいオッサンでしょうな~

 

でも、その場所や神さまへの感謝として行っておりますよ。

 

今日は特に感謝の気持ちが自分の心から湧いてきましたよ~

 

そうしている間に、空模様が怪しくなってきました。風が強くなり、カミナリが聞こえていましたが、雨が降り出しました~

 

そんなときは、「清き雨、天(あまあ)降り、涼しき風、天吹きて」と寧ろ感謝してみます。

 

何事も受け止めようだ~!!(^_^)

 

将棋の聖地!?

そうそう、ここには日本将棋連盟というのがすぐ横にあります

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日本将棋連盟将棋会館

プロ将棋のことは全く知らないが、きっと棋士たちがこの地で腕を磨いているのでしょう。

 

そしてこの神社の境内には立派な富士塚があります。

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神社裏手の鳥居。向かって右方向に行くと千駄ヶ谷の駅ですね。

その間にちょっとおしゃれなお店が並んでいたと思う。

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雨には、感謝しますが、雨が本格的に降る前にさっさと帰りましょ~

 

「コロナ禍」っていう言葉

ところで、参拝所に、この神社の会報?が置いてあって「コロナ禍」という記事があります。

 

その文字を見た時、誰が使い始めたのか、今や聞き慣れたこのコロナ禍(コロナカ)という言葉の意味がわかってしまいました。

 

「コロナの禍(わざわい)」だったのだ~

 

いや、本来その通りの意味なのだろうけど判っていたでしょうか?

 

禍(わざわい)とは祓われるものなのです。

 

それはサイクルのようなもので循環しているのですよ。

 

日本では半年に一度、大祓という行事をして禍(罪、穢れ、災い)を祓いますね。

 

また、「禍福は糾あざなえる縄なわの如ごとし」と言いますね。

 

つまり、禍と福は表裏であると。

 

なので、そのいずれも受け容れてやって行くしかないのですね。

 

それは個人の人生でも、人の歴史でもそうなのだと実感した次第です。

 

などと、ちょっと壮大な事を思った夏の夜でした。

 

オマケ:

昨晩、参拝に行った港区愛宕神社の白ネコ。

門のところで寝てました。

アツイね~

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愛宕神社のシズちゃん

 

令和二年六月二十九日の聖なる場所巡り練馬区の天祖若宮八幡宮

2020年も7月ですが、まだまだ出口の見えないコロナ騒ぎですな~

今回は、先月のおわりに訪れた場所です。

 

武蔵野の鎮守

東京都練馬区武蔵関公園の側にある天祖若宮八幡宮にお詣りしましたよ。

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武蔵関公園の池

武蔵関公園は、23区内の練馬区にありますが、もう西東京市との境に近いロケーションです。

駅で近いのは西武新宿線の武蔵関か東伏見ですね。

ちなみに東伏見駅の名前の由来は東伏見稲荷神社ですが、駅からは割と離れておりますよ。

 

さて、東伏見の駅からスケート場のほうに歩いて行くとこんもりした森が見えてきます。

 

そこにはわたくしが御世話になっている禊祓の道場、稜威会があり、武蔵関公園は道場に面しています。この日は夏越の大祓で道場に来ました。

 

天祖若宮八幡宮

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練馬区関町の天祖若宮八幡宮

さて、「天祖若宮八幡宮」です。

武蔵関公園のすぐ側にあります。

最初は、天祖神社若宮神社八幡宮の三つが一緒になったのかと思いました。

 

ちなみに、、、

天祖神社とは:

神明神社(しんめいじんじゃ)は、天照大御神主祭神とし、伊勢神宮内宮(三重県伊勢市)を総本社とする神社である。神明社(しんめいしゃ)、神明宮(しんめいぐう)、皇大神社(こうたいじんじゃ)、天祖神社(てんそじんじゃ)などともいい、通称として「お伊勢さん」と呼ばれることが多い。

若宮神社とは:

若宮社、若宮神社ともいう。基本的には本宮の摂・末社として主祭神の御子(みこ)を神に祀(まつ)る社(やしろ)をいうが、ときに本宮に対してその主神の分霊を勧請(かんじょう)した社を若宮といい、また非業の死を遂げた怨霊(おんりょう)を慰め鎮めるために祀った社を若宮と称する例も少なくない。

 

八幡宮は、あの宇佐神宮を中心とする八幡宮ですね。

このブログを書くために調べていたら「若宮八幡宮」っていう神社があること知りました。

若宮八幡宮とは:

若宮八幡宮(わかみやはちまんぐう)という名前の神社日本全国にあり、若宮八幡神社(わかみやはちまんじんじゃ)や若宮八幡社(わかみやはちまんしゃ)、若宮八幡宮社(わかみやはちまんぐうしゃ)と称する神社もある。

社名の通り「八幡宮若宮」という意味で、多くは宇佐神宮石清水八幡宮鶴岡八幡宮などにある若宮を勧請し、八幡神応神天皇御子神である仁徳天皇(大鷦鷯尊)を祀るものである。他に、「八幡宮本宮から迎えた新宮」の意味の「若宮」もあり、この場合は応神天皇が祀られている。

 

そして、この神社の御由緒は下の通り:

御由緒
 奈良時代、関塞守護神として奉斎され、慶長年間に村民の氏神となった若宮八幡と、村の鎮守として番神さまと呼ばれていた天祖神社が合わされ、昭和四十九年に天祖若宮八幡宮となりました。8,000平方メートルの境内は四季の緑に覆われています。

 http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/nerima/6074/

武蔵関公園に近く、森ぶかい場所です。区の天然記念物の非常に高い松の木もあります

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森ぶかい境内はスズメバチがいるようで、注意の札が各所にあったのですよ。

このとき、幸い蜂はいなかったですが。

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摂社? 武蔵御嶽神社

ここ天祖若宮八幡宮は武蔵野の鎮守の社です。

郷社として地元民を護る深い杜でした。

とても良い気を感じた場所でした。

道場に来たらまたご挨拶に参りま~す。

お詣りさせて戴き、ありがとうございました。

 

その後、道場でこの半年間の罪、穢れを祓う大祓の神事に参加しました。

最後に人形に息を吹きかけて流します。

 

コロナ禍も祓われると良いのですが、、、

 

大事なことはどんな状況になっても、

それを全面的に受け容れて自らが変わることだ

と思う今日この頃でございます。

 

令和二年六月二十八日 ブログで写真が見れない事と聖なる場所巡りの近況

ブログの写真が見れない件

先日、知人にこのブログの事をお話したら、このサイトに来てくれたのですが写真が見えないそうです。

 

自分の自宅では普通に見れているので、どうしたことかと思い調べたところ、

Googleフォトから貼り付けた写真が表示できないようです。

【3/25 再度停止しました】Googleフォト貼り付け機能を一時的に停止しています

https://staff.hatenablog.com/entry/2020/03/11/172942

 

 

Googleフォト貼り付け機能の今後の対応につきまして

https://staff.hatenablog.com/entry/2020/06/10/155523?_ga=2.36764835.2059120647.1593338843-1731900209.1497621174

 

あれ~今もだめなようですね~

 

はてなブログで日記を書くときに何が面倒かというと写真のアップロードです。

これすごく手間がかかり面倒です。

最近はGoogle Photoから写真がそのまま貼れるようになったのでそれを使っていましたが、、、

 

それで、自分のブログで画像が出ていないことに全く気がついてなかったのですよ。

今はブログの有料サービスを使っていないでそう文句も言えませんが、有料だったらなんらか責任取ってくれるのですかね~

 

その後の聖なる場所巡り

前回、このブログを更新してから少し時間が経ちました。

新型コロナ騒動が厳しくなってスティホーム自粛となり、しばらくは神社巡りでもない状況でした。

(ほんとうはブログ書くのが億劫なのですけどね、、、)

 

その間でも機会があればちょくちょく神社は訪ねていました。

下は、良く行く東京港区の愛宕神社(今回はGoogle Photo経由でなく写メを直接アップロードしてます)

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愛宕神社の麓にある東急REIホテルは新型コロナウィルス感染軽症者の宿泊施設になりました。

東急ホテル、立派だ~って思いますよ~)

 

それもあってか愛宕神社は人が少なかったですね。

 

神社のマスコットの三毛猫のチャーさんと白ネコのシズちゃん

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この子達が元気でよかった~

 

そういえば千日詣は何回目だったか、、、400回台だと思うけど、今度ちゃんとカウントします~

 

平日は毎朝、毎夕通勤の時にオートバイで神社の前を通ります。

最近は、めったに参拝するために立ち寄らないのですが、バイクで前を通るときに

ヘルメットの中で、

「これの場所をいと良き所と、みはるかし、永久(とこしえ)に神つまりて、神鎮まります、ここの鎮守(みまもり)の大神(おおかみ)!愛宕神社の大神!!」

と唱えて感謝を送っておりますよ。

 

変な夕暮れの雲

ネットではコロナの後は地震と戦争が来るって言っている人達がいます。

百年前のスペイン風邪のあとに関東大震災があり、その後大陸で戦争が起こり、本土を巻き込む戦禍があったことをそれの拠り所にしているそうだ。

 

その歴史がくりかえすからと言うなら、実際はもっとイベントとイベントの間は時間が空いているのだけど。

 

ともかく、今大地震が来たら大変なので備えはしました。

水の確保と簡易トイレ、カセットコンロ(もともと持っている)、ペットのエサ、、、、

そして防災の本を買って読んだ

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防災の知識を持つべきですな~「プチプラ防災」読みやすいしお勧めです

 

災害はいつ来るにしても備えが大事ですね~

 

最近は空を観察します

今日の夕暮れの空はなんか印象的でした。

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自宅から見た西の空、ある種、ちょっと不気味な感じ

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地震とかの兆候かな~っ?ちょっと胸騒ぎ感があります

 

さっき、シンガポールにいる元同僚とZoomで話をしたのですよ。

彼は最近、陰謀論にハマっているようです。

ワールドニューオーダーってのが世界を操っているって。

その手の動画をYouTubeでよく見ます。面白いけどわたくしはあまり信じてはいない。

 

彼によると、Covid-19と地震と戦争がセットで来るっていうのはブラフだって。

これからあるのはサイレントウォー(静かな戦争)だという。

 

どうなのですかね、、なんであれ、熱い戦争はやらないでほしいですな。

 

コロナとのセットはともかく、これからの日本と東京は、科学的にも大地震がいつ来てもおかしくないって事ですよね。

令和二年三月七日 江東区東雲から鹿島神宮へ 神走りに神走らせ給え!

そうだ、鹿島行こう?!

東京都江東区東雲(しののめ)のバイク用品店ライコランド東雲で自分のオートバイの部品交換待ち時間が4時間ある。

まわりには時間を潰す良い場所もない、、、

そのお店にはレンタルバイク店が併設されている。

では、それを使おう!

 

去年とった大型自動二輪の免許があるのだ、

どうせならリッターバイクを投入しましょう!!

 

レンタルバイクのリストにあったスズキの新型カタナは貸し出し中みたい。

それで同じエンジンのGSX-S1000Fにした。

こちらのほうがシート高も低いし、、、でも馬力は同じ148馬力!!

 

4時間のオートバイの旅、行く先は即座に決まった。

 そこは、茨城県鹿島神宮

 

ここ東雲は東京の東側、都外にゆくなら向かうのは東だろう、

そして思いつくのは関東屈指の聖なる場所、

鹿島神宮

ここしか思い当たらないのだ

 

湾岸線から東関東自動車道をひた走る片道約100キロのルート:

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Google Map 画像は後日の別の時間帯

スーパーバイク1000CCの機動力なら時間内で戻ってこれるだろう、、

 

ちなみに、わたくしは、普段はカワサキの650CC に乗っている。

普段は、この愛機で聖なる場所も巡るのですね:

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リターンライダーのわたくしは、オートバイを安全に楽しむため月に一度はKRSというライディングスクールhttps://kashiwars.com/

を受講しております。

いつか乗ってみたいと思っていたリッターバイクに乗る良い機会だ!

柏校長!お陰様で躊躇なくリッターバイクを借りられます!!

 

SUZUKI GSX-S1000F

このバイクは、狩りをする野獣をイメージしてデザインされているという

https://www.autoby.jp/_ct/17239009

 

乗ってみると、すばらしい吹き上がりのエンジン!

感動的なレスポンスとサウンド

これがスズキの四発かぁ~!! 

これがリッターバイクか~っ!

 

さあ、盛り上がって参りました~

 

この黒き野獣を駆って、

鹿島神宮まで神走り(かむはしり)に神走らせ給え!

 

唱える神の御名は、

伊都雄走大神(イツノオバシリノオオカミ)!!

 

伊都雄走大神は、わたくしが昨年の夏から崇敬している神様です、

この神様のお話はまた後に、、、

 

関東自動車道は途中までは結構な交通量だったが

だんだん車の数は減った

終点の潮来出口から一般道で利根川を超えて鹿島神宮へ到着~

 

聖地 鹿島神宮

 

わたくしは若い頃から武道をやってましたのでこの鹿島神宮によくやってきています。

最近の聖地巡りをするずっと以前から、

この鹿島は自分にとってずっと聖地なのですね。

 

前回来たのが下のブログの時、

それから思いのほか時間が経っていてちょっとビックリした:

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前回はレンタカーでした。

鹿島神宮香取神宮を二社をたずねた、なかなか面白い旅でしたよ。

 

そういえば、香取神宮には、最近仕事で近くを尋ねる機会があってその折り数回お詣りしている。

今回は時間がないので鹿島神宮一カ所で東京へ戻らないと

 

鹿島の杜にある神宮はいつ来ても神気を感じますね。

 

御祭神

武神、剣の神霊である 武甕槌神(建御雷神、タケミカヅチ)をお祀りする鹿島神宮

古事記』では建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)、御雷(たけみかづちのかみ)、別名に建布都神(たけふつのかみ)、豊布都神(とよふつのかみ)と記され、『日本書紀』では武甕槌武甕雷男神などと表記される。単に「建雷命」と書かれることもある[2]

また、鹿島神宮茨城県鹿嶋市)の主神として祀られていることから鹿島神(かしまのかみ)とも呼ばれる[3]

雷神、かつの神とされる[2]。後述するように建御名方神と並んで相撲の元祖ともされる神である。また鯰絵では、要石に住まう日本に地震を引き起こす大鯰を御するはずの存在として多くの例で描かれている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%B1%E3%83%9F%E3%82%AB%E3%83%85%E3%83%81

 

 御手洗池、、、ここは、禊(ミソギ)の聖地でもあるのですな。

毎年正月の寒禊会では200名がここで禊をするそうです。

わたくしが所属する禊の道場稜威会でもだいぶ以前はここで禊行をしたそうです。

会でも、ここでの禊をするかもしれないみたい。楽しみだ~

 

奥宮

 

奥宮から要石への道にあった像

タケミカヅチ様が地震ナマズを押さえているのですね

 

要石のてっぺん

古墳の発掘なども指揮した徳川光圀は、鹿島神宮香取神宮の両宮を崇敬していた。1664年、要石(どちらの要石かは資料により一定しない)の周りを掘らせたが、日が沈んで中断すると、朝までの間に埋まってしまった。そのようなことが2日続いた後、次は昼夜兼行で7日7晩掘り続けたが、底には達しなかった。香取神宮史によれば、同年3月に同宮を参拝し、楼門前に桜を植えた[15]。その際に香取の要石を掘らしたが根元を見ることが出来なかったという[16]

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%81%E7%9F%B3

 

今回はレンタルバイクを返す時間まで間がないので、ゆっくりしてはおられない。

神宮では一通り、本殿、杉の参道、鹿庭?、奥宮、御手洗池、要石を観た。

 

早々に東京へ引き上げないとと思い、森の中をショートカットしようとしたら

却ってちょっと迷って駐車場までに時間をつかってしまう。

 

さあGSX!、東京へもどろう!!

帰り道、スマホの電池が切れてグーグルマップが使えなくなりました~

ああ、カーナビがない、、

でも、無事にお店に帰還、なんとか所定時間内にバイクを返しました~

 

思い立っての鹿島詣ででしたが、GSXを堪能して無事に帰って参りました。

鹿島の神様、稜威雄走大神、諸々の神さま、ありがとうございました。

 

大御名 奉稱 稜威雄走大神 

オオミナハ タタエマツリテ イツノオバシリノオオカミ

 さて、先に御名を唱えた神さまは、

伊都雄走大神または、稜威雄走大神(読みは同じくイズノオバシリノオオカミ)です。

伊都=稜威で、意味は、霊威が強力であること、強力な神の力を表しています。

つまり、強力な霊力により、天翔り(あまかけり)、国駆ける(くにかける)大神さまです。

昨年の夏に山奥でこの神様を感じました。以来、崇敬しております。

 

実は、今回のバイクの旅から戻ってから知ったのですが、

伊都雄走大神は、古事記では「天之尾羽張あめのおはばりのかみ)」だそうだ。

天之尾羽張 
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

イザナギが所有する神剣(十束剣)で、妻イザナミ黄泉へ行く原因となったカグツチを斬り殺す時に用いられた[5][6]。『古事記』における神名は、天之尾羽張(あめのおはばりのかみ)という[4][5]。別名 伊都之尾羽張(いつのおはばり)[2][4]。 『日本書紀』の稜威雄走神(いつのをはしり/いつのをばしりのかみ)と同一神とされる[7][8]。 葦原中国平定(国譲り)神話で活躍する建御雷神鹿島神宮主祀神)は、天之尾羽張神(伊都之尾羽張)の子供(古事記)もしくは子孫(日本書紀)と記述され[9][10]、同一神とみなされる事もある[7]

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%B9%8B%E5%B0%BE%E7%BE%BD%E5%BC%B5

 

そうです、、、諸説ありますが、

鹿島神宮主祭神御雷神と大いにゆかりのある神さまでした。

 

令和二年三月五日、吉原神社に出くわす

Business visiting to a hospital within the COVID-19 fuss 

コロナウィルス騒動の今日この頃の、仕事で台東区のある医療施設を訪れましたよ。

 

感染予防のため業者の立ち入りを禁止となっている病院も多いが、ここはそこまでしないそうだ。「業者」にとっては有り難いな。

 

仕事を終えて施設を出て少し歩くと何やら面白そうな空間が見える。観音様の像と卍卍卍卍卍の印が見えるのでお寺かと思いきや、吉原神社の弁財天奥宮とある

 

かつては遊郭、今はソープランドがあつまる地、吉原の聖なる場所

吉原弁財天

来た来た、聖なる場所との邂逅ですな、、、しかも、ここはあの「吉原」なのだった~

 

観音様は大正の関東大震災のときの慰霊碑でした。

 

わたくしは仕事先のそばに神社があるときは立ち寄ってお参りさせて頂くのですよ。

この地で商売させて頂くことへのご挨拶をするのですね。

そうすると商売はうまく行くのですな。有り難いことです。

 

ここ吉原神社の奥宮は、唐十郎とか寺山修司的な雰囲気がします

このアングラさが不思議な聖なる場所感を醸し出してますね

 

吉原弁財天でお詣りさせていただきました。どうか、この地のお役に立てますように!

 

弁天様につきもの弁天池ですね

ここをでて30メートルの所に吉原神社があって社務所はそちらだそうです。

 

それで吉原神社へ向かいます

 

吉原神社

あれ、さっきいた病院のすぐ横に、、、ここに神社があったのですね。

吉原神社HP http://yoshiwarajinja.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai00.html

 

こちらが本殿ですね。

 

お穴様(おあなさま)

左の立て札には

「ここの地中には神社の 土地をお守りする 神様がおられます。心こめてお詣りすると 必ず福が得られると伝えられ 大切にお護りしております」

とあります。

 

この「吉原」の地で、多くの人がいろいろな境遇でお詣りされたのでしょうね。

わたくしもお詣りさせて頂きました。

 

お穴様のまえにある像? なにやら不思議な形状ですね

場所柄、想像するに創造のシンボルかと、、、ちがうかね?

 

その横にあるのは、仏教系の神像ですかね

 

御朱印をいただきました。

左のが吉原弁財天ですね。「よしわら」とひらがなで書かれております。

 「よ」と「し」で巳(へび)を顕しています。なんか可愛いです。

暗くてごめん

 

令和元年十二月二十九日、八幡神社の総本社宇佐神宮の奥宮 大元神社

大分宇佐の旅~宇佐神宮の奥宮へ

年末が迫った28日、北九州の小倉から日豊本線の特急で宇佐駅についたのは夜の9時を回っていた。

この時間にタクシーがいるだろうかと思ったが幸い何台か駅前に付けていた。

タクシーに乗り高田のビジネスホテルに向かう。

ちょっと無愛想な感じの地元のタクシーの運転手に「明日、御許山(おもとさん)の大元神社まであがってくれる運転手さんはいますか?」と聞いた。

 運転手はちょっと考えてから、「時間によるよ、、、何時頃?」と多少ぶっきらぼうに応じた。

明日は大分市内に昼頃に到着したいのでなるべく早いほうが良い、、、と答える。

あまり早い時間であると道が凍っている可能性があるのでなるべく遅い方が良いよ、、と言われた。

そして「あなたはどうしてそこに行くのか?」と聞いてきた「あそこは行ける人しか行けない場所ですよ、、あの場所のことを知っているのかね?」

その質問は、おまえは何者か?と聞いていることがすぐに知れた。

「そこに行くのは今回が三度目です。前回もタクシーで行きましたが、はじめての時はオートバイで行けるところまで行ってそれから歩いて登りましたよ、、、」

そして、わたくしは古神道の禊祓をやっていて、その場所はその先生が若い頃に修行した場所なのだいうことを言った。

すると彼はいろいろな人がこの聖地に来るのだという事を話してくれた。

そして彼が翌日の朝、タクシーでわたくしを御許山の大元神社まで載せて行ってくれることになった。

その時、わたくしの名前を聞いた、すると「そうか、やはり縁のある人なのですね」と言った。

翌日、タクシーの車内では、この聖地にまつわる大変に興味深い話をいろいろと聞いた、、、

 

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大元神社

今回で三度目の御許山の大元神社です。ここは宇佐神宮の奥宮なのです。

考えるとこの三年間に毎年行っていますな。

 

車が上がれる上限から徒歩数分で大元神社へ至る山道

 

大元神社です。

 

神社社殿の前は広場のようになっています

ここで禊の神事(カムワザ)を行う。かなり大声を出すのですが、誰もいないし自分にとっては聖地ですので全力発声で行いましたよ。

 

歩いてきた参道?のほうにあるご神木

 

御許山647米

 

大元神社の社殿の奥は鳥居があってさらに参道がつづいています。ただし、現在はその先は禁足地で立ち入ることは出来ません。.

この先が山頂でそこには宇佐八幡が出来る前にこのちに降臨した比売神の磐座があるそうです。

 

社殿の横側に江戸時代からの灯籠などあります。

ここから、少し下ったところに神水の出る祠?があります。

今回その写真は撮らなかった。

 

 大元神社の社殿の反対側にある八坂神社

 

 以前この場所に来たときの過去記事です:

ichigo2015.hatenadiary.jp

 

知る人ぞ知る聖地

冒頭の宇佐のタクシー運転手さんの話はとっても面白かった。

でも、その話はあなたの心の中に修めておいてほしいと言っていた。それでここではその事にはふれない。

また、この聖地(御許山と大元神社)が変に観光客が来るような場所になってほしくないという意見に強く同意する。

ここはやはり知る人ぞ知る場所なのだ。

令和元年十二月八日 東京都足立区の梅田神明宮で一日修行

梅田神明宮での一日修行に参加しましたよ。

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梅田神明宮の参道からの本殿

足立区の住宅街にある神社は森があり長い参道もあってとても落ち着いた雰囲気がありました。

梅田神明宮

御 祭 神
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
 井上正鐡霊神(いのうえまさかねれいじん)


御 由 緒
 宝暦十二年の江戸大火の直後、当時地主神が祀られていた現在の境内に奉斎されたと伝はる。天保十一年に井上正鐡翁奉仕して息の行法を以て神道の極意を伝へた禊教発祥の霊場

https://www.umeda-shinmeigu.net/index.html

 

現代も続く教派神道の一教団と神社

ここは、教派神道の一つである禊教の井上正鐵翁にゆかりの神社です。

その時代は天保の大飢饉大塩平八郎の乱天保の改革などがあった時代なのですね。

その後に黒船が来たりして所謂幕末へ突入してゆく前段階で時世は不安定だったようです。

 

禊教教祖

井上正鐵翁は、白川伯王家に入門して伯家神道を修めた方です。独自の神道を唱えて飢饉などで苦しむ民衆を救おうとしますが、邪教の嫌疑をかけられて三宅島に島流しにされてその地で没してしまいます。

その教えが明治以降に神道十三派の一つとして認められ、現在も続いているのですな。

 

↓は井上正鐵霊神の祠

 

一日修行の体験

今回、この地を始めて訪れました。神社の隣というか同じ敷地(?)に会館があってそこが一日修行の会場です。

 

その修行の内容に極簡単に触れますね。会館の二階にある神前で、まずは永世の傳(ながよのでん)という呼吸法をしてから「トホカミエミタメ」という古神道の祓詞を全力発声で繰り返します。

 

また「禊教」という名称ですが、普段わたくしが行っております禊祓(みそぎはらい)の行とは違って水を使わないですね。つまり水をかぶらないのですよ!

 

それで、呼吸と詞、そして恐らく姿勢により禊ぎを行うのですね。先輩の方々や他の参加者のすさまじいまでの集中力を感じました。

 

そして全力で行える時間と休憩の枠がほどよく設定されており、自分自身も非常に良く集中して修行を行うことが出来ました。

 

この修行に参加したお陰で、わたくし自分の禊祓への取り組みが変わりました。それは、特に呼吸と発声です。それはとても貴重で有り難い経験となりました~

 

 

敷地内に井上正鐵翁住居が残っています。

天保年間というと今から180年ぐらい前なので、かなり修復を繰り替えているのかな?

 

そうそう、ここの一日修行ではお昼に麦ご飯、梅干し、たくわん、味噌汁が出て、最後の直会でも麦ご飯とお味噌汁と香の物でるのですが、それがとても美味しかったです。

 

この場所は雰囲気が良くまた来たい場所です。ありがとうございます!!