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聖なる場所を巡る日記

東京都港区の愛宕神社への千日参りと、日々訪れる聖なる場所についての日記

聖なる場所を巡る 飯倉熊野神社 愛宕神社の千日詣り百四十四日目 言葉の記憶「草枕」の冒頭に思う 2016.7.22金曜日

東京は、今日も梅雨らしいお天気でしたね。
午後雨があがりましたね。今日は仕事が終わって夜になって愛宕神社行きましたよ。
 
久しぶりに下の書き出しを入れます~
東京都港区の愛宕神社では6月の23日、24日に詣でると千日詣でた分の御利益があるそうです。この期間に詣でることを、「千日詣り」と呼ぶようですが、僕は実際に千日お詣りするために通っています。
 
今年(2016年)の1月28日から通算千日お詣りするべく通っているのです。今は愛宕神社と同じ東京都の港区内に住んでます。そして、今の仕事先の事務所がこの場所にわりと近いので通いやすい。
 
ここに来るのは、この場所が何か好きだからです。この千日詣りは、まあ成り行きで始めた訳です。千日参拝できるかは、ご縁とゆだねてとにかく行ける時にお詣りに行きます。
 もともとは、先に起業日記として下のブログを書いていますが、
だんだんと内容が、毎日の愛宕神社へのお詣りと、神社仏閣巡りばかりになって来たので、当面ブログを分けることにしました。このブログではこの愛宕神社への参拝と、そのほか各地の聖なる場所への訪問、日々の出来事から精神的な感受を記録します。
 
では、当面はここまでをこのブログの頭書きとします。さあ、今日は数え始めてから通算、〇日目です。何に出会い、どう受け止めるでしょうか。

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上は愛宕神社の手水社の龍
 
↓は、日中雨が上がってから参拝に行った会社のそばの熊野神社

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この時間はマンション一階にある社務所が開いていて女の神主さんがいました。時間内であれば御朱印も頂けるそうです。今度朱印帳持って行きます!
 
愛宕神社百四十四回目
午後8時くらいの愛宕神社
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金曜日の夜、参拝者は少なったですね。わたくしが来た時に一人、帰り際に別に一人お見かけしたくらいです。
 
雨上がりの夜、今日はとても涼しいですね。
 
こちらは、ここで、一番慣れている白ネコさん1号
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今日は向こうから近づいてきてくれました。でも飼い主になつく感じでもなく少しニュートラルな関係です。それがまたいいのですが。
 
↓は、孤高のチャーさん。一旦、こちらを目視しましたがそのまま寝ています。
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↓は、びびりの白ネコさん2号。この子も目を開いてわたくしを確認しましたが、今日は逃げませんでしたよ~
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社務所裏の猫三匹の風景
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千日詣りもだんだんネタがなくなって、日々の猫観察記になってきましたね。まあ、実際猫たちの事が気になっていますよ。
 

更に三田で茶の木稲荷に立ち寄りました。
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全国三万の稲荷ネットワークの一つでっす!
 
今日は、たまの「言葉の記録」を書きますね。心にとまった言葉は、先日乗った新幹線の雑誌に書いてあった:
「智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」
夏目漱石の「草枕」の冒頭ですね。
明治の頃の江戸時代を経験した人たちの世に住む感覚は、現代の我々とどれくらい違うのですかね。
 
わたくしは、このくだりは以前から知っていましたが、これまで、これがどういう事かを深く考える事もなく、これは他人に対しての自分の在り方だと思っていましたよ。そうじゃないの?
 
日本は明治以降に個人主義が浸透した結果、前よりも住みやすくなったのか、それとももっと住みにくくなったのか。
 
実は「草枕」はちゃんと読んでいないので、いつか時間があったら読もうかな、、なんてことを思いました~。