聖なる場所を巡る日記

東京都港区の愛宕神社への千日参りと、日々訪れる聖なる場所についての日記

令和二年三月七日 江東区東雲から鹿島神宮へ 神走りに神走らせ給え!

そうだ、鹿島行こう?!

東京都江東区東雲(しののめ)のバイク用品店ライコランド東雲で自分のオートバイの部品交換待ち時間が4時間ある。

まわりには時間を潰す良い場所もない、、、

そのお店にはレンタルバイク店が併設されている。

では、それを使おう!

 

去年とった大型自動二輪の免許があるのだ、

どうせならリッターバイクを投入しましょう!!

 

レンタルバイクのリストにあったスズキの新型カタナは貸し出し中みたい。

それで同じエンジンのGSX-S1000Fにした。

こちらのほうがシート高も低いし、、、でも馬力は同じ148馬力!!

 

4時間のオートバイの旅、行く先は即座に決まった。

 そこは、茨城県鹿島神宮

 

ここ東雲は東京の東側、都外にゆくなら向かうのは東だろう、

そして思いつくのは関東屈指の聖なる場所、

鹿島神宮

ここしか思い当たらないのだ

 

湾岸線から東関東自動車道をひた走る片道約100キロのルート:

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Google Map 画像は後日の別の時間帯

スーパーバイク1000CCの機動力なら時間内で戻ってこれるだろう、、

 

ちなみに、わたくしは、普段はカワサキの650CC に乗っている。

普段は、この愛機で聖なる場所も巡るのですね:

ichigo2015.hatenadiary.jp

 

リターンライダーのわたくしは、オートバイを安全に楽しむため月に一度はKRSというライディングスクールhttps://kashiwars.com/

を受講しております。

いつか乗ってみたいと思っていたリッターバイクに乗る良い機会だ!

柏校長!お陰様で躊躇なくリッターバイクを借りられます!!

 

SUZUKI GSX-S1000F

このバイクは、狩りをする野獣をイメージしてデザインされているという

https://www.autoby.jp/_ct/17239009

 

乗ってみると、すばらしい吹き上がりのエンジン!

感動的なレスポンスとサウンド

これがスズキの四発かぁ~!! 

これがリッターバイクか~っ!

 

さあ、盛り上がって参りました~

 

この黒き野獣を駆って、

鹿島神宮まで神走り(かむはしり)に神走らせ給え!

 

唱える神の御名は、

伊都雄走大神(イツノオバシリノオオカミ)!!

 

伊都雄走大神は、わたくしが昨年の夏から崇敬している神様です、

この神様のお話はまた後に、、、

 

関東自動車道は途中までは結構な交通量だったが

だんだん車の数は減った

終点の潮来出口から一般道で利根川を超えて鹿島神宮へ到着~

 

聖地 鹿島神宮

 

わたくしは若い頃から武道をやってましたのでこの鹿島神宮によくやってきています。

最近の聖地巡りをするずっと以前から、

この鹿島は自分にとってずっと聖地なのですね。

 

前回来たのが下のブログの時、

それから思いのほか時間が経っていてちょっとビックリした:

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前回はレンタカーでした。

鹿島神宮香取神宮を二社をたずねた、なかなか面白い旅でしたよ。

 

そういえば、香取神宮には、最近仕事で近くを尋ねる機会があってその折り数回お詣りしている。

今回は時間がないので鹿島神宮一カ所で東京へ戻らないと

 

鹿島の杜にある神宮はいつ来ても神気を感じますね。

 

御祭神

武神、剣の神霊である 武甕槌神(建御雷神、タケミカヅチ)をお祀りする鹿島神宮

古事記』では建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)、御雷(たけみかづちのかみ)、別名に建布都神(たけふつのかみ)、豊布都神(とよふつのかみ)と記され、『日本書紀』では武甕槌武甕雷男神などと表記される。単に「建雷命」と書かれることもある[2]

また、鹿島神宮茨城県鹿嶋市)の主神として祀られていることから鹿島神(かしまのかみ)とも呼ばれる[3]

雷神、かつの神とされる[2]。後述するように建御名方神と並んで相撲の元祖ともされる神である。また鯰絵では、要石に住まう日本に地震を引き起こす大鯰を御するはずの存在として多くの例で描かれている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%B1%E3%83%9F%E3%82%AB%E3%83%85%E3%83%81

 

 御手洗池、、、ここは、禊(ミソギ)の聖地でもあるのですな。

毎年正月の寒禊会では200名がここで禊をするそうです。

わたくしが所属する禊の道場稜威会でもだいぶ以前はここで禊行をしたそうです。

会でも、ここでの禊をするかもしれないみたい。楽しみだ~

 

奥宮

 

奥宮から要石への道にあった像

タケミカヅチ様が地震ナマズを押さえているのですね

 

要石のてっぺん

古墳の発掘なども指揮した徳川光圀は、鹿島神宮香取神宮の両宮を崇敬していた。1664年、要石(どちらの要石かは資料により一定しない)の周りを掘らせたが、日が沈んで中断すると、朝までの間に埋まってしまった。そのようなことが2日続いた後、次は昼夜兼行で7日7晩掘り続けたが、底には達しなかった。香取神宮史によれば、同年3月に同宮を参拝し、楼門前に桜を植えた[15]。その際に香取の要石を掘らしたが根元を見ることが出来なかったという[16]

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%81%E7%9F%B3

 

今回はレンタルバイクを返す時間まで間がないので、ゆっくりしてはおられない。

神宮では一通り、本殿、杉の参道、鹿庭?、奥宮、御手洗池、要石を観た。

 

早々に東京へ引き上げないとと思い、森の中をショートカットしようとしたら

却ってちょっと迷って駐車場までに時間をつかってしまう。

 

さあGSX!、東京へもどろう!!

帰り道、スマホの電池が切れてグーグルマップが使えなくなりました~

ああ、カーナビがない、、

でも、無事にお店に帰還、なんとか所定時間内にバイクを返しました~

 

思い立っての鹿島詣ででしたが、GSXを堪能して無事に帰って参りました。

鹿島の神様、稜威雄走大神、諸々の神さま、ありがとうございました。

 

大御名 奉稱 稜威雄走大神 

オオミナハ タタエマツリテ イツノオバシリノオオカミ

 さて、先に御名を唱えた神さまは、

伊都雄走大神または、稜威雄走大神(読みは同じくイズノオバシリノオオカミ)です。

伊都=稜威で、意味は、霊威が強力であること、強力な神の力を表しています。

つまり、強力な霊力により、天翔り(あまかけり)、国駆ける(くにかける)大神さまです。

昨年の夏に山奥でこの神様を感じました。以来、崇敬しております。

 

実は、今回のバイクの旅から戻ってから知ったのですが、

伊都雄走大神は、古事記では「天之尾羽張あめのおはばりのかみ)」だそうだ。

天之尾羽張 
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

イザナギが所有する神剣(十束剣)で、妻イザナミ黄泉へ行く原因となったカグツチを斬り殺す時に用いられた[5][6]。『古事記』における神名は、天之尾羽張(あめのおはばりのかみ)という[4][5]。別名 伊都之尾羽張(いつのおはばり)[2][4]。 『日本書紀』の稜威雄走神(いつのをはしり/いつのをばしりのかみ)と同一神とされる[7][8]。 葦原中国平定(国譲り)神話で活躍する建御雷神鹿島神宮主祀神)は、天之尾羽張神(伊都之尾羽張)の子供(古事記)もしくは子孫(日本書紀)と記述され[9][10]、同一神とみなされる事もある[7]

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%B9%8B%E5%B0%BE%E7%BE%BD%E5%BC%B5

 

そうです、、、諸説ありますが、

鹿島神宮主祭神御雷神と大いにゆかりのある神さまでした。

 

令和二年三月五日、吉原神社に出くわす

Business visiting to a hospital within the COVID-19 fuss 

コロナウィルス騒動の今日この頃の、仕事で台東区のある医療施設を訪れましたよ。

 

感染予防のため業者の立ち入りを禁止となっている病院も多いが、ここはそこまでしないそうだ。「業者」にとっては有り難いな。

 

仕事を終えて施設を出て少し歩くと何やら面白そうな空間が見える。観音様の像と卍卍卍卍卍の印が見えるのでお寺かと思いきや、吉原神社の弁財天奥宮とある

 

かつては遊郭、今はソープランドがあつまる地、吉原の聖なる場所

吉原弁財天

来た来た、聖なる場所との邂逅ですな、、、しかも、ここはあの「吉原」なのだった~

 

観音様は大正の関東大震災のときの慰霊碑でした。

 

わたくしは仕事先のそばに神社があるときは立ち寄ってお参りさせて頂くのですよ。

この地で商売させて頂くことへのご挨拶をするのですね。

そうすると商売はうまく行くのですな。有り難いことです。

 

ここ吉原神社の奥宮は、唐十郎とか寺山修司的な雰囲気がします

このアングラさが不思議な聖なる場所感を醸し出してますね

 

吉原弁財天でお詣りさせていただきました。どうか、この地のお役に立てますように!

 

弁天様につきもの弁天池ですね

ここをでて30メートルの所に吉原神社があって社務所はそちらだそうです。

 

それで吉原神社へ向かいます

 

吉原神社

あれ、さっきいた病院のすぐ横に、、、ここに神社があったのですね。

吉原神社HP http://yoshiwarajinja.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai00.html

 

こちらが本殿ですね。

 

お穴様(おあなさま)

左の立て札には

「ここの地中には神社の 土地をお守りする 神様がおられます。心こめてお詣りすると 必ず福が得られると伝えられ 大切にお護りしております」

とあります。

 

この「吉原」の地で、多くの人がいろいろな境遇でお詣りされたのでしょうね。

わたくしもお詣りさせて頂きました。

 

お穴様のまえにある像? なにやら不思議な形状ですね

場所柄、想像するに創造のシンボルかと、、、ちがうかね?

 

その横にあるのは、仏教系の神像ですかね

 

御朱印をいただきました。

左のが吉原弁財天ですね。「よしわら」とひらがなで書かれております。

 「よ」と「し」で巳(へび)を顕しています。なんか可愛いです。

暗くてごめん

 

令和元年十二月二十九日、八幡神社の総本社宇佐神宮の奥宮 大元神社

大分宇佐の旅~宇佐神宮の奥宮へ

年末が迫った28日、北九州の小倉から日豊本線の特急で宇佐駅についたのは夜の9時を回っていた。

この時間にタクシーがいるだろうかと思ったが幸い何台か駅前に付けていた。

タクシーに乗り高田のビジネスホテルに向かう。

ちょっと無愛想な感じの地元のタクシーの運転手に「明日、御許山(おもとさん)の大元神社まであがってくれる運転手さんはいますか?」と聞いた。

 運転手はちょっと考えてから、「時間によるよ、、、何時頃?」と多少ぶっきらぼうに応じた。

明日は大分市内に昼頃に到着したいのでなるべく早いほうが良い、、、と答える。

あまり早い時間であると道が凍っている可能性があるのでなるべく遅い方が良いよ、、と言われた。

そして「あなたはどうしてそこに行くのか?」と聞いてきた「あそこは行ける人しか行けない場所ですよ、、あの場所のことを知っているのかね?」

その質問は、おまえは何者か?と聞いていることがすぐに知れた。

「そこに行くのは今回が三度目です。前回もタクシーで行きましたが、はじめての時はオートバイで行けるところまで行ってそれから歩いて登りましたよ、、、」

そして、わたくしは古神道の禊祓をやっていて、その場所はその先生が若い頃に修行した場所なのだいうことを言った。

すると彼はいろいろな人がこの聖地に来るのだという事を話してくれた。

そして彼が翌日の朝、タクシーでわたくしを御許山の大元神社まで載せて行ってくれることになった。

その時、わたくしの名前を聞いた、すると「そうか、やはり縁のある人なのですね」と言った。

翌日、タクシーの車内では、この聖地にまつわる大変に興味深い話をいろいろと聞いた、、、

 

************************

 

大元神社

今回で三度目の御許山の大元神社です。ここは宇佐神宮の奥宮なのです。

考えるとこの三年間に毎年行っていますな。

 

車が上がれる上限から徒歩数分で大元神社へ至る山道

 

大元神社です。

 

神社社殿の前は広場のようになっています

ここで禊の神事(カムワザ)を行う。かなり大声を出すのですが、誰もいないし自分にとっては聖地ですので全力発声で行いましたよ。

 

歩いてきた参道?のほうにあるご神木

 

御許山647米

 

大元神社の社殿の奥は鳥居があってさらに参道がつづいています。ただし、現在はその先は禁足地で立ち入ることは出来ません。.

この先が山頂でそこには宇佐八幡が出来る前にこのちに降臨した比売神の磐座があるそうです。

 

社殿の横側に江戸時代からの灯籠などあります。

ここから、少し下ったところに神水の出る祠?があります。

今回その写真は撮らなかった。

 

 大元神社の社殿の反対側にある八坂神社

 

 以前この場所に来たときの過去記事です:

ichigo2015.hatenadiary.jp

 

知る人ぞ知る聖地

冒頭の宇佐のタクシー運転手さんの話はとっても面白かった。

でも、その話はあなたの心の中に修めておいてほしいと言っていた。それでここではその事にはふれない。

また、この聖地(御許山と大元神社)が変に観光客が来るような場所になってほしくないという意見に強く同意する。

ここはやはり知る人ぞ知る場所なのだ。

令和元年十二月八日 東京都足立区の梅田神明宮で一日修行

梅田神明宮での一日修行に参加しましたよ。

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梅田神明宮の参道からの本殿

足立区の住宅街にある神社は森があり長い参道もあってとても落ち着いた雰囲気がありました。

梅田神明宮

御 祭 神
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
 井上正鐡霊神(いのうえまさかねれいじん)


御 由 緒
 宝暦十二年の江戸大火の直後、当時地主神が祀られていた現在の境内に奉斎されたと伝はる。天保十一年に井上正鐡翁奉仕して息の行法を以て神道の極意を伝へた禊教発祥の霊場

https://www.umeda-shinmeigu.net/index.html

 

現代も続く教派神道の一教団と神社

ここは、教派神道の一つである禊教の井上正鐵翁にゆかりの神社です。

その時代は天保の大飢饉大塩平八郎の乱天保の改革などがあった時代なのですね。

その後に黒船が来たりして所謂幕末へ突入してゆく前段階で時世は不安定だったようです。

 

禊教教祖

井上正鐵翁は、白川伯王家に入門して伯家神道を修めた方です。独自の神道を唱えて飢饉などで苦しむ民衆を救おうとしますが、邪教の嫌疑をかけられて三宅島に島流しにされてその地で没してしまいます。

その教えが明治以降に神道十三派の一つとして認められ、現在も続いているのですな。

 

↓は井上正鐵霊神の祠

 

一日修行の体験

今回、この地を始めて訪れました。神社の隣というか同じ敷地(?)に会館があってそこが一日修行の会場です。

 

その修行の内容に極簡単に触れますね。会館の二階にある神前で、まずは永世の傳(ながよのでん)という呼吸法をしてから「トホカミエミタメ」という古神道の祓詞を全力発声で繰り返します。

 

また「禊教」という名称ですが、普段わたくしが行っております禊祓(みそぎはらい)の行とは違って水を使わないですね。つまり水をかぶらないのですよ!

 

それで、呼吸と詞、そして恐らく姿勢により禊ぎを行うのですね。先輩の方々や他の参加者のすさまじいまでの集中力を感じました。

 

そして全力で行える時間と休憩の枠がほどよく設定されており、自分自身も非常に良く集中して修行を行うことが出来ました。

 

この修行に参加したお陰で、わたくし自分の禊祓への取り組みが変わりました。それは、特に呼吸と発声です。それはとても貴重で有り難い経験となりました~

 

 

敷地内に井上正鐵翁住居が残っています。

天保年間というと今から180年ぐらい前なので、かなり修復を繰り替えているのかな?

 

そうそう、ここの一日修行ではお昼に麦ご飯、梅干し、たくわん、味噌汁が出て、最後の直会でも麦ご飯とお味噌汁と香の物でるのですが、それがとても美味しかったです。

 

この場所は雰囲気が良くまた来たい場所です。ありがとうございます!!

令和元年11月 聖なる場所を巡る日記 伊勢の旅その三 神武参剣道場

はい、今回の旅のクライマックス、神武参剣道場です。

伊勢の神人の剣術道場

伊勢神宮内宮の別宮、伊雑宮の向かいにある大きな日本家屋がその神武参剣道場です。

伊雑宮宮司で伊勢の神人と言われた小泉太志命先生の剣術道場であります。

 

今回は、禊の根本道場稜威会の秋の旅行で伊勢に来たのです。小泉太志命先生は稜威会の創始者川面凡児先生とゆかりのある方だったのですね。

 

川面先生は明治から昭和の初期にかけて活躍した神道家ですが、その晩年に当時まだ若かった小泉太志命先生に対して「先生」と呼び特別に遇したそうです。

その後、小泉太志命先生は表には出ずに、天皇陛下を霊的にガードする役割をされたそうなのです。

ときの陛下を外国から呪詛で攻撃する事などがあったそうなのですね。そのような霊的な攻撃から陛下をお守りしたといいます。

毎日禊ぎをして、道場に立ち神剣で天皇陛下に向かおうとする普通の人には見えない裏側の力を邪霊として神剣をもって斬ったそうです。

 

 下は道場内部の写真です。

 この旅の発端は、神武参剣道場を訪ねた稜威会の関係者の話からでした。それは、彼の地で川面先生から小泉先生に授けられた水晶の玉があってそれを杯に入れてお酒を戴いたというのですね。それがとても素晴らしい経験だったので、会の旅行として行こうという企画になったのですね。

 

「伊勢の旅その二」の天岩戸で禊ぎをしたのは、この神武参剣道場にあがって拝神、神事(かむわざ)を行うためです。そのために全員で心身を清めたのです。

 

神人小泉太志命先生が剣術の稽古や教授した道場、天皇陛下を護るために神剣を振るった場所と思うと身も心も引き締まる思いで拝神の祝詞を奏上し、神事を行う。 

 

そのあと、90才超えておられる奥方様がご健在で私たちを歓待していただきました。

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神武参剣道場にて川面先生から授与されたという水晶に垂らした神酒を金杯でいただく。

 

ところで、小泉太志命先生は鹿島神流という剣術の達人であったという。

鹿島神流といえば今武蔵と呼ばれた国井善弥師範が有名だ。

国井善弥

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E4%BA%95%E5%96%84%E5%BC%A5

 

実はわたくしは鹿島神流の系譜の武術をちょっとだけ習った事があり、国井先生にまつわる逸話は色々と聞いていた。

その中で面白いのでは、神社の中で一人で取っ組み合いのような事をされて

「ここの神様強いな~っ」なんて事を言っていたそうだ。

国井先生にもそういう霊覚がおありだったのだろう。

聞いた話では小泉太志命先生の剣は国井師範をも凌いだという。

 

道場訪問のあとに小泉太志命先生の奥津城(おくつき、神道でのお墓)にも参らせて頂いた。

とても立派な奥津城でした。小高い丘全体が墓所でした。

今もとてもキレイに管理されています。多くの署名があって、伊勢の神人として地元の方に大変に慕われていたことが判ります。

 

墓所からの空、大稜威輝くお日様と天翔る龍雲が見えます。

 

今回も、とても良い旅をありがとうございました。

 

おまけ

神武参剣道場裏側の路地

 「注意とびだし」と猫の絵がかわいかったので、、、

伊勢の神人は今も彼の地を護っている気がします。

令和元年11月 聖なる場所を巡る日記 伊勢の旅その二 天岩戸、おうむ岩、伊雑宮(内宮別宮)

伊勢の旅のその二

外宮から内宮を巡って宿泊先の志摩のホテルに向かいます

その途中で「天の岩戸」に立ち寄ります

あの天照大御神の岩戸隠れの伝説の場所だそうです。

実は天照大神が修行をした場所との説もあるみたい。

天の岩戸

 伊勢志摩・英虞湾沿いの志摩磯部には「恵利原(えりはら)の水穴」と呼ばれる霊水が湧き出る場所がある
またここは「天岩戸伝説」が残る特別な場所でもあり、地元ではこのエリアを「特に霊気の強い場所」として大切に保存・維持しております

https://www.travel.co.jp/guide/article/3205/

この鳥居の奥が「天の岩戸」らしい。

中は洞窟になっているという。

その中に入って禊ができるそうだが、、、

 

世界の真珠王御木本幸吉氏がここを信仰しており、

事業のピンチのときにこの洞穴の中で祈願して大成功をなしたという。

 

一方で同行でガイド役の人によれば中に入っていけないという言い伝えもあるという。

 

「思い立つ日が吉日吉時、向かうところは吉方吉所」の稜威会員である、

明日入ってみましょう!と啖呵を切る(^_^)

 

翌朝5時半に起きて皆でここに禊ぎに来る。

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日曜日の朝であるのに到着すると先客がいた。

大阪から来ている団体との事

修験道系統であろか?

 

天の岩戸の鳥居の下側がお滝場となっている

先の団体が瀧行をしている間

天岩戸の前面で稜威会の神事(かむわざ)を奉じる

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その間に更に別の団体も到着

彼らは地元人でここで禊行をやっているそうだが、洞窟に入ってその中で禊を行うそうだ!

洞窟は入り口は狭いが中はドーム状に広い空間があるのだって。

われわれが下の御瀧で水行している間、その団体は川上にあたる洞窟での禊を待ってくれていた。

こちらの瀧の禊が終わって、もう一方の団体の行が始まるので自分の洞窟での禊は断念した。

 

 さて、今回の旅のメインは、内宮(皇大神宮)の別宮である伊雑宮(いざわのみや)の宮司だった伊勢の神人小泉太志命翁の神武参剣道場の訪問である。

一行は伊雑宮へ向かう、その途中にあるおうむ岩に立ち寄る。

 

おうむ岩

おうむ岩は、垂直に切り立つ大岩壁です。「語り場」から話しかけると、50m離れた「聞き場」に届くという不思議な現象が起き、まるで岩が話しているかのような聞こえ方をします。頂上は遠くに太平洋も一望できる絶景スポットになっています。

https://www.iseshima-kanko.jp/spot/1206/

 

おうむ岩の頂上からの眺望

この日はとても良いお天気でした。懐かしい田園風景。

 岩の北には「広の谷」と呼ばれる場所があり、サンゴ層孔虫二枚貝といった中生代ジュラ紀化石が発見されている

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B8%9A%E9%B5%A1%E7%9F%B3

この辺も大昔は海底だったですね。

 

そして伊雑宮に到着。駐車場の前に田んぼが広がっている。

磯部の御神田

磯部の御神田(いそべのおみた)は、三重県志摩市伊雑宮に伝わる民俗芸能の田楽。保護団体は、磯部の御神田奉仕会。1973年12月4日に記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財選択無形民俗文化財)に選択[1]1990年3月29日重要無形民俗文化財に指定された。また東海農政局による「東海美の里百選」に選定されている

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A3%AF%E9%83%A8%E3%81%AE%E5%BE%A1%E7%A5%9E%E7%94%B0

 

 

皇大神宮別宮 伊雑宮(いざわのみや、いぞうぐう)

神宮には十四所の別宮があります。

その一つがこの伊雑宮です。

主祭神天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)

古い神社らしく森に囲まれた聖域です。

多くの巨木があります。

2千年前の古墳時代からの聖域、、、こんな巨木の中をあるくと神々しい気分になります。

 苔に覆われた楠の巨木の根っこ?気が噴出しています

 

伊雑宮から歩いてすぐのところにある倭姫命の遺跡

倭姫命古事記では倭比売命、やまとひめのみこと。生没年不詳)は、記紀の編年に従うと古墳時代以前の皇族。第11代垂仁天皇の第4皇女。母は皇后日葉酢媛命天照大神磯城の厳橿之本(笠縫神社、檜原神社比定)に神籬を立てて、垂仁天皇25年3月丙申、伊勢の地に祀った(現・伊勢神宮)皇女とされ、これが斎宮の直接の起源であるとも伝えられている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%A7%AB%E5%91%BD

 

 上之郷の石神

伊雑宮の周辺にはいろいろあるようです。時間があればゆっくり回りたいものだ。 

 

そしていよいよこの旅のクライマックス、神武参剣道場へ!

伊勢の神人の剣術道場や如何に!?

その三につづく。

令和元年十一月 聖なる場所を巡る日記 伊勢の旅 その一 外宮、内宮 

禊ぎの根本道場、明治時代から東京に本部のある稜威会の

秋の旅行で伊勢へ一泊旅行に行きましたよ。

 2019年11月9日に東京の品川駅から新幹線で名古屋へ、近鉄特急で伊勢市駅に着きます。

伊勢市駅で旅行参加者が全員集合。

待ち合わせ時間に駅のすぐ横に神社を見つけました~

 

世木神社

http://sgshrine.blogspot.com/p/blog-page.html

外宮の参道?にある独特な雰囲気のある神社です。 

 

 

外宮

伊勢市駅から外宮の参道になっておりました。

 

外宮にはかなり広い駐車場があって無料だって、、、内宮は有料らしい。

 

外宮の手水社へ向かいます。

もうこの時点でまわりの空気がビリビリしています。

ある種の霊気でしょうか、、、いや~すごい身体が反応しております!

さすが伊勢神宮の外宮!!

 

ちなみに今回ここに来るのは三度目です。前回来たのはもう10年ぐらい前かな、、、

 

橋を渡って外宮の森へ入って行きます

 

遷宮のスペース

 

ここが外宮

かやぶきの屋根と木の地肌のお宮に愛おしいほどの美しさを感じます

 

通常の神社では朱に塗った建物が多い気がしますが、伊勢神宮の木の地肌の建物が好きです。伊勢神宮がつくられた頃、垂仁天皇のころから色を塗らないのだろうか?

 

同行者に古神道古史古伝の権威のようなお方がいたので聞いてみたがその回答がはっきりと思い出せない。たしか平安時代から色を塗ったではないかという事だったようなお話しだったかな

 

 ↓ は、磐座ですかね?、、、

 

ここは、ビリビリスポットでした~。手のひらをかざすとビリビリする。

 そうやって僕らみんなで手のひらを向けていると、他の人も向けていた。

ただ、ここの職員によるとこれは目印のようなものなのだって。

 

↓外宮の境内の巨木。樹齢数百年でしょうね、、、神々しいです

 

来るときはいなかった神馬が厩におりました

 

内宮

外宮から内宮へ移動

おかげ横丁を通って内宮へ向かう

 

途中、神宮会館に立ち寄って禊ぎ用の褌、かんむり(はちまきの事)を購入する。とても良心的なお値段で褌は300円だった。白の胴衣も売っていたので買った。いずれも品質が良く安価であった。

 

皇大神宮(内宮)に到着

 

内宮を流れる五十鈴川、昔はここで禊ぎして参拝したそうだ。

 

正宮へ行く前に再度五十鈴川を渡って別宮風日祈宮へ 

別宮 風日祈宮

ご祭神は、伊弉諾尊いざなぎのみこと御子神で、特に風雨を司る神、級長津彦命級長戸辺命。雨風は農作物に大きな影響を与えますので、神宮では古より正宮に準じて丁重にお祭りしています。
風日祈宮に通じる風日祈宮かざひのみのみやばしの上からは、美しい新緑や紅葉を望むことができます。

https://www.isejingu.or.jp/about/naiku/kazehinomi.html

 

実はこの風日祈宮には初めて来ました~

内宮への石段

階段の上は撮影禁止でした~

 

 

 おかげ横丁

 再度、おかげ横丁を歩いて駐車場へ、、、

 

赤福本店


令和元年11月伊勢の旅内宮おかげ横丁

 

前回来たときは、内宮よりも外宮の方が、好ましいと思った。

なぜなら、内宮とその周辺にはあまりに観光客が多いのでそう感じたようだ

今回も似たような感じがした、、、、

 

しかし、伊與田覺氏の「人はいかにして大成するか 日本人の精神の源流「神道」と「中庸」に学ぶ」によると、

氏が終戦の翌年の正月に伊勢神宮に参拝に行ったら人影がなかったそうだ。

そして、当時はGHQ神道指令で全国の神社への参拝が減っていたそうだ。

それから見れば伊勢神宮のこの盛況ぶりは良い事なのかも知れない、、、

 

ともあれ、内宮は確かに聖なる場所だか、、、

おかげ横丁や周辺は人間的な俗な世界を感じる

まあ、聖と俗は表裏なのだろう。

その2につづく(たぶん、、、)