今年の初詣地元の氷川神社で家内安全の祈祷(2017.1.4水曜日)、昨年末の聖なる場所巡りパート1京都編
地元の神社で新年の祈祷
正月の四日目、本日まで仕事はお休みです。今日は自宅の近くの通称麻布氷川神社で新年の祈願をして参りましたよ。
神棚の古いお札を納めて、新しい神宮大麻と氷川神社のお札を頂きました。
この地に住まわせて頂いてますので、その感謝と今年もお護り頂くために昇殿しての祈祷をして頂きましたよ。
右の神符はご祈祷のあとに授与されました。
地元の神社で土地の神様へ年頭のお礼と参拝しておくのは良いですね。
昨年2016年年末の聖なる場所を巡った記録
1.京都編 上賀茂神社+
さて、今ブログを書いている時から遡ること一週間前とちょっと前、昨年2016年の最後の週に訪れた聖なる場所巡りです。
12月26日月曜日は、仕事で大阪の某国立大学へ行きましたよ。朝の便で羽田から伊丹空港まで。その後は夕刻の仕事が京都の某国立大学であって京都へ移動します。
翌日の27日火曜日はお休みを頂いていて、京都から教理の福岡へ移動します。京都から福岡北九州へ向かうまでの間の時間に京都で聖なる場所を巡ります。
それで向かったのは上賀茂神社こと賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)
賀茂御祖神社(下鴨神社)とともに古代氏族の賀茂氏の氏神を祀る神社であり、賀茂神社(賀茂社)と総称される。賀茂神社両社の祭事である賀茂祭(通称 葵祭)で有名である。
でっす。
この年、春に下鴨神社を訪ねましたが、上賀茂神社ははじめての訪問でした。
そうそう、この下の写真にある盛り砂を一度観たかった~
この盛り砂、、立砂(たてずな)というそうです。
せっかくなので何枚か載せます:
立砂(たてずな)
細殿前の円錐状の2つの砂の山。神体である神山(こうやま)を模したもの。鬼門にまく清めの砂の起源とされる。
こちらが賀茂別雷神社の本殿ですね。伊勢神宮のように遷宮があるようですね。
境内を小川が流れるとても美しい場所です。
岩上というこの岩です。
宮司この岩の上に蹲踞(そんきょ)、勅使と対面し、御祭文(ごさいもん)に対して神のご意志を伝える「返祝詞(かえしのりと)」を申す神聖な場所である。
賀茂別雷神社もかなり気の良い場所ですね。年末なので人はそれほどいませんでしたが、年が明けると初詣に人が押し寄せるのでしょうね。
下鴨神社の授与所で頂いてきた八咫烏のおみくじ。葵のマークに三本足の八咫烏の入れ物、形がキョロちゃんぽっくってカワイイ
途中で下鴨神社のバス停を通ることが判り、せっかくなので途中下車して下鴨神社も立ち寄りました~。
こちらも正月参拝の準備が出来ています!酉年!!
このあと、出町柳に出て、さらに八瀬に下って九頭竜大社へ今年最後のご挨拶に行きました。
今回もお千度の祈願をしました~
九頭竜大社さま、この年はご縁がありまして本当にお世話になりました!
このあと、京都駅に出て東京に戻るのではなく、反対方向へ新幹線で進みます。ちょっと家庭の事情のためです。
それで、年末の旅は郷里の福岡県北九州市へと続きます。
平成29年の一般参賀、大手町、神保町三省堂で精神世界の本購入 2017.1.2月曜日
年が明けました。
「あけましておめでとうございます!」
最近はブログは毎日書いておりませんが、聖なる場所は色々行っております。少しずつ上げまっす。
今日は正月二日目、テレビをつけるとちょうどライブで今年最初の一般参賀が流れていました。
そうか、今日は一般参賀なのか~っとぼーっとTVを観ました。天皇皇后両陛下,皇太子同妃両殿下らがお出ましされている。
これが、最初のお出ましで今日はあと何回のお出ましがあるという。ネットで調べると以下のようになっていた:
それで、せっかくなので最後のお出ましを見に行くことにした。もしかすると、今上の生前退位が実現すれば、今回が最後の現天皇の一般参賀となるかも知れない。
参賀へ行く服装はどうしようかと思ったが、正装で行くことにした。
某有名百貨店本店のテーラーで仕立てた黒のスリーピースで、赤いネクタイに菊のタイピンでっす。
最後のお目見えは午後2時20分。最寄り駅は地下鉄の二重橋駅です。
何となく時間に余裕を感じないのでタクシーで皇居を目指した。
平成二十九年一般参賀
日比谷通り馬場先門のところでタクシーを降りる。
思えば一般参賀に来るのは30数年ぶりか、、たぶん昭和58年の天皇誕生日以来だと思う。その頃はまだ昭和だったのだ!そう思うと時間の経つのがとても早いな~
さて、現在、平成29年の正月一般参賀である。
到着した皇居前では、警察が人の流れを誘導している。皇居に向かって左手に進むように促していたけど、なんとなくそのまま真っ直ぐに二重橋の方へ向かうと、日の丸の手旗をもらった。
皇居前広場に既にすごい数の人がブロック毎に仕切られて並んでいる。
わたくしが入った11番のスロットはその時点で一番最後の集団のようです。
先のグループの集団が二重橋をぞろぞろ進んで行く
わたくし、実は人混みや人の行列が大の苦手で、お店などはよほどのことがないと並んだりしません。
しかし、今日は全くこの人の群れや待つことは苦にならない。不思議なもんです。
われわれのグループも出立して二重橋を渡り、正門をくぐり坂道を上って行きます。
お出ましが拝める、長和殿まえの広場はすごい人です。とにかく奥の方へ進んで行く。陛下や皇族方がお出ましなると思われる場所の所まで、、、その辺はすごい人だかりで距離はかなりありますが正面に近い位置です。その辺で待つことにしましたよ。
ほどなく、陛下と皇族方がお出まし!!日の丸が一斉に翻る
天皇陛下万歳!天皇陛下万歳!天皇陛下万歳!天皇陛下万歳!の歓声が渦巻き上がります
これは気分高揚しますね~ぜひまた来ます!
いつか、仲間と徒党を組んできて天皇陛下万歳!バンザーイ、バンザーイと先頭で行わせて頂きたいです。
ちなみに、今回の人出は96,700名だったそうです。
近年では一番多いですね。平成では2番です。平成6年が111,700人で飛び抜けて多いのは前年に皇太子のご婚礼の影響でしょうかね。
お出ましはあっけなく終わって、ぞろぞろと坂下門?の方へ下って行きます。
皇居を後に大手町を歩く
パレスホテルの前を通って、以前通勤で歩いた通り
を神田方面に歩きます。
その辺のビルは建て替えをしているようでしたが、建設の手を付けてられていない空間があります!
大手町で建設の手がかけられないスペースって、
そう、やはりあの将門の「首塚」でっす!
戦後GHQの指示で取り壊されそうになったときにブルドーザーが横転して死人が出たなどいう伝説がありますね。
ここは神田神社の飛び地なのですね。
遠い昔、当時の都であった京都からは遙か東国で乱を起こした将門公の首塚がいまの首都の皇居に隣接して残っているのは歴史の面白さを感じます。
神保町三省堂で精神世界の本購入
そのまま歩いてかつて住んでいた所に近い小川町の方まで出て、それから本屋街へ進みます。
神田三省堂が開いているので本を見に行きます。
はい、またまたスピ系本を買いましたよ~
同じスピ系でも、
硬派な「祖神垂示天照太神宮」
怪しいけど実用的そうな?「今すぐ出来る!霊術講座」
今流行のスピ系を集めた新刊「願いが叶う!人生が変わる 引き寄せの法則」
飯倉熊野神社 幸稲荷神社 芝の増上寺 2016年12月24日
久しぶりの聖なる場所巡りの日記ブログ。今日はクリスマスイブですね~わたくしはクリスチャンではないので聖なる日でも特に教会とかに行く予定はありませんが、、、
思うのですが、日本のクリスマスって商業活動による煽りですね、、、ある種の洗脳かな。まあ楽しいイベントがある方は楽しめば良いのですがね。商業的なイベントに振り回されることではないな。
さて、今上の誕生日が昨日で、世間では三連休の中日、今日の午前中は委託の会社に出て仕事してましたよ。来週、今年最後の関西への出張の準備のためです。
オフィスも誰もいません。とても静かで、仕事がはかどって何よりです。
昼過ぎに仕事を終えて、事務所のそばにある熊野神社へ行きました。今日は御朱印帳を持参しています。
港区七福神の恵比寿様をお祭りする熊野神社です。境内にマンションがあって社務所はその中にあります。
都心の小さな神社は継続して運営して行くのは大変なのかな~なんて考えます。
社務所には女性の神主さんがいて、朱印帳に揮毫してくださいました。達筆ですね。
正月は一日から九日まで恵比寿様が観られるそうですよ。小さな像とのことです。観に行きます!
それから、もう一つ近場の神社である幸稲荷神社を訪れました~
東京タワーの氏神さまに当たる神社です。
御朱印を頂きたく社務所へ行きましたが、お留守のようでした。
後、今の仕事場の近所では西久保八幡神社があるので、それぞれそのうちに御朱印を頂きたいですね。
それから、芝の方へ出て久しぶりに増上寺に行きました。
逆光ですが本殿と東京タワー
千体地蔵尊
今まで増上寺には何度も来ていますが、初めて御朱印を頂きました。
黒本尊の御朱印なのですね
特に聞かれませんでしたが、他のバージョンもあるのでしょうかね。
ともあれ、お寺の御朱印の揮毫は迫力ありますね~日々写経で鍛えているからでしょうかね。
愛宕神社は今日は行きませんでしたが、今週で二百五十三回目です。今月は現在三回ですね。まあ、気長に通算千回を目指します。わたくしの千日詣は、もとより比叡山の千日廻峰の行などとは違うのですよ~
言葉の記憶:
わが業(わざ)はわが為すにあらず天地(あめつち)を 貫きて生くる祖神(みおや)の権能(ちから)。
生長の家の招神歌の一部です。わたくしはこの宗教団体の信者ではございませんが、子供頃にこのフレーズを聴いたことがあり、何故か最近その断片が心に出てくるのですね、、それでネットで調べました。これはすごい、すばらしい言葉であり言霊と思います。
東京タワーのタワー大神宮 千葉神社 2016.12.7水曜日
今日は会社の裏にそびえ立つ東京タワーの大展望台へ行きましたよ。
今の仕事先が東京タワーの真裏でよくランチに行ったりするのですが展望台には生まれて初めて上りました~
今回はお昼の時間に現地に行き思いついて大展望台まで上がりましたよ。大展望台の入場料は900円でした。
さらにその上に特別展望台(別料金)があります。それはまた次回に行こうと思います。
大展望台からの風景
六本木方面
増上寺方面 やっぱり海が近いのですね
ここがタワー大神宮 一度来たかった神社でっす
建物の中にある神社としては日本一高いところです
この神社は、このタワーのすぐそばにあり、たまに前を通る幸稲荷神社と関わりがあるようですね。
ルックダウンウインドウ、、、ここを歩くのはかなりスリリングですね~
物事を鷹の目で見ると良いと聞きます。鳥瞰するってヤツですね。
こうやって物理的に高い場所から自分の住む世界を見下ろしてみると、ちょっと広い視野が持てるようです。
たまに展望台に上がって世界を眺めるのも良いですね~
タワーを降りて事務所へ帰り道、如意輪観音様のお堂に立ち寄りました
とても美しい観音様です、、、お写真失礼します
ここはたまに息抜きに来るのですがとても良い感じのする場所です。
観音様ありがとうございます!!
それからお仕事で千葉へ向かいました。
千葉駅の地図で近くに千葉神社があることを知りました。
お、お~これは行きたい!
少し時間があったので立ち寄ることにしました~
千葉神社
占師に縁深いところとの事で、ちょっと特殊さ感じる神社です
絢爛な獅子像が一対
こちらが本殿です
一階と二階がそれぞれ拝殿になっていました
千葉天神 本殿のお隣にあります。建物は元の本殿が使われているそうです
ピンぼけしてしてしまいましたが、「亀岩」です
妙見様のお使いである玄武(亀)の岩で、撫でると御利益があるそうです。
もちろん、撫でてこの地でのビジネスの成功をお願いします
分霊社・尊星殿
中央に干支の塔があります
最近、占いにも興味があるので、ちょっとしたご縁を感じます。
千葉での仕事があるのでここにはまた来ることになりそうです。ご縁に感謝申し上げます。
早稲田の穴八幡 靖国神社 愛宕神社二百五十二日目
今日も日曜日は明大前にグレーシー柔術のお稽古へ。今日は日中暖かったですね。バイクもまだ楽です。
本当は、今日練習の後にバイクの半年点検に持って行きたかったのだけど、今日は一杯だって。
早稲田の穴八幡
それで、道場の帰り思い立って早稲田の穴八幡に立ち寄りました。
新宿区ですが、都内の神社の中でも強い清涼な神気を感じます。
ここに最初に訪れたのは今年の9月28日でした:
本殿正目の鳩の彫刻、とても美しいですね
拝殿を外から
放生寺
今日はこれまで訪ねたことがなかったお隣の放生寺へゆきましたよ。
名称 威盛院 光松山 放生寺 宗派 高野山真言宗 寺格 準別格本山 創建 寛永十八年(1641年) 開創 良昌上人 放生寺は寛永十八年、威盛院権大僧都
良昌上人 が 高田八幡(穴八幡)の造営に尽力され、その別当寺として開創されたお寺です。
神仏習合の時には神宮寺という神社にあるお寺があったのですね。
別当寺は、
神宮寺の一種。神社境内に建てられ、別当が止住し、読経・祭祀(さいし)・加持祈祷とともに神社の経営管理を行なった寺。
神宮寺 神社に付属して建てられた寺院。神仏習合思想の現れで、社僧(別当)が神社の祭祀 を仏式で挙行した。 1868年(明治1)の神仏分離令により廃絶または分離。 宮寺。別当寺。神護寺。神宮院。神願寺。
虚空尽き 衆生尽きなば 涅槃尽きなば 我が願いも尽きなん
世界が尽きるまで、迷える衆生が尽きるまで、さとり(衆生を救う行)の尽きるまで、永遠に仏に祈りつづけたい。空、衆生、さとりが尽きれば、わたくしの願いも尽きるであろう。
弘法大師は今も小股人を助けながら旅を続けているという
この像の周りは四国八十八カ所霊場のお寺の砂が置かれているそうです。
四国お砂踏み霊場 落成式 − 一陽来福 放生会の寺 高野山真言宗 放生寺
ご真言「
もちろん、唱えながら回りました~
「役の行者」をまつる神変大菩薩のお堂
それから、バイクで帰路につきます。新宿通にでたので靖国神社に行くことにしました
境内には来年の干支、酉の額が掲げられていました
実は初めて穴八幡に詣でたときも、その後に靖国神社へお参りしました。ちょうどミライトテラスの日で、本殿の特別参拝に参加してその荘厳さに戦慄しました。
その後、新橋経由で愛宕神社へお参りしました。昨日が二百五十一日目で、本日が二百五十二日目でした。
愛宕神社へ着いたのは午後5時少し前で、もうすっかり日没後でした。その時間に来ていた親子連れがいました。
子供は着物だったので12月に入っていますが七五三なのかって思った、あるいは何かの家族行事の帰りなのかも知れない。
しかし一切社務所通している様子でなく、拝殿の前に陣取って写真撮影を始めましたよ。
まだ午後五時までにわずかに時間があるので社務所は未だ開いているのだが。
仕方が無いので、末社から先に周り、いつもとは反対の順番で参拝して本殿へ戻ってきた。
それでも、この家族ずっと拝殿前で写真を撮っている。
この人たちは神社ではただ単に記念写真を撮れれば良いのであろうよ。
他に待っている人もいたが、わたくしは構わずに横から回って参拝した。
すると、その一行のおばさんが、「わー、ここ、夜もお参りするんだ~っ」て口に出して言った。
「そうですよ、ここは夜間もお参りする場所ですよ。それにまだ社務所も開いているしね。あなた方もこの時間にお参りに来たのではないのですか?それとも、あなたがた、日が暮れているから自分たちの撮影のために独占できるって了見ですか~?」
って思いますよ。
どうも最近、神社の参拝者、訪問者の態度が気になることが多い。中には、はっきりと挨拶をしてくる方や、マナーの良い人、所作の優れた人もおられるのだけどね。
神社はあまり混んでいない時に静かに参拝したい。とくに普段から頻繁に行く神社は早朝か夜間の方が落ち着くな~。
ともあれ、今日も聖なる場所を回れて感謝です。
過日の聖なる場所巡りをまとめて 四谷、津の守弁財天 愛宕神社 元麻布氷川神社 小山八幡 調布の布多天神
11月26日土曜日は朝から仕事で新宿に行きましたよ。
仕事は午前中にすんなり終わって、その帰り道丸ノ内線を途中の新宿御苑で降りて「志な乃」でけんちんそばを頂きました~
ここのけんちんそば、けんちん汁は今時の寒い時期には本当にお勧めです。
それから新宿通を四谷方面へ歩きます。
テクテク歩いていると、古びた繁華街へ進む道の奧に弁天池があるようです。そちらを探訪することにしました~
飲み屋街を抜けて入り組んだ道が続いています。
下の写真は古い石畳を下った元来た道
坂を下りたところの左手が池になっていて弁天様の小さな祠があります。
こんなところに池と弁天様の祠があるのは意外です。
ちょっと異空間的な感じのするスペースです。
「津の守弁財天」っていうのですね。
この池のあたりは公園になっています。
そして向かいには古い料亭のような建物がありましたよ。
また、この一帯は新宿通のある表通り側からはかなり低くて谷なっています。
そのまま四ツ屋の駅まで歩いて、地下鉄で自宅へ戻りました~
愛宕神社の千日詣(通算二百五十回目!)
先週京都から戻った翌日、11月25日金曜日のお昼に港区の愛宕神社へ行きました。
その日が今年の1月下旬から参拝の日数を数え始めてから二百四十八回目。
社務所裏のネコさん、「ちゃーです」と書かれていますが、実際は白猫の「しず」です。
「ちゃー」の新しい段ボール箱の寝床をぶんどったのですかね~
こちら↓が当日、NHK放送博物館の広場にいた三毛の「ちゃー」です
もうかなりの老猫です。夏場に弱っていましたがまた元気になったみたい。
この2匹は、あまり仲が良いわけでもないようですが、、、
その後、26日土曜日にも愛宕神社へお詣りしました~二百四十九回目!
この季節は婚礼シーズンなのですね。
NHK放送博物館側からの紅葉
駐車場側から本殿へ向けての写真、境内のモミジが紅葉していますね
そして、このブログを書いている本日11月30日水曜日も夜10時頃に愛宕神社へお参りしました~これで通算二百五十回目!
250回も来ると毎回写真を撮るのはよしました~
下は26日土曜日に訪れた地元、
元麻布の氷川神社の蔵(?)でっす
ここに毘沙門天があるのですかね~
この日26日土曜日は、夕方に東急西小山の方へ出かけました。
そちらの小山八幡神社へお参りしましたよ
他にも撮ったけど、暗くてスマホの写真では光が弱くて殆ど写っていませんでした。
その翌日の27日日曜日は調布に行きました~
ちょうど水木しげるさんの一周忌「ゲゲゲ忌」のイベントをやっていましたよ。
上は水木事務所の近くの展示通り商店街見つけたポスター
下の、
布多天神社がイベントの会場になっていました
NHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」の美男美女よりも↑が現実に近いのだろう、、、
、、「ねえ、水木せんせい?」
なんだか趣を感じた境内の祠 ↓
布多天神の本殿
神楽殿で「ゲゲゲの鬼太郎」の上映会やっていました~
先週後半からの東京での聖なる場所を巡るでした~
紅葉の京都で聖なる場所巡り大徳寺と今宮神社、八瀬の九頭竜大社の秋期大祭
前泊したホテルから京都のホテル事情を長々書いて遅くなりました~
最近の京都のホテル料金について 2016.11.25 - 一期一会を旨として臨むichigoサポートの日記
2016年11月24日木曜日の京都での聖なる場所を巡る日記です。
先週、お会いした知人が知人が京都の大徳寺で紅葉を観てきたというお話しをお聞きしました。
その話が面白くて、また最近わたくしが月に二度座禅へ行っている地元のお寺さんが臨済宗大徳寺派の禅寺ですのでそちらへ行くことにしました。
鎌倉時代末期の正和4年(1315)に大燈国師宗峰妙超禅師が開創。室町時代には応仁の乱で荒廃したが、一休和尚が復興。桃山時代には豊臣秀吉が織田信長の葬儀を営み、信長の菩提を弔うために総見院を建立、併せて寺領を寄進、それを契機に戦国武将の塔頭建立が相次ぎ隆盛を極めた。
ここは観光バスなどが止まれる広い駐車場からの入り口に当たるところです。
入り口の山門をくぐるとすぐに山門 (金毛閣)があります
境内は石畳になっています。そのまま気ままに歩きました~
この時間は、まだ観光客もそれほど多くなくてナイス!
紅葉、特にモミジが赤くて美しかったですよ
今回はデジカメを忘れてしまい撮影は全てスマホです
ちょっと露出が強すぎるな~
この一期一会↓は、観たことがあります。わたしが個人事業の屋号を決めて図書館でこの揮毫を見つけたと思います。今度確認しまっす。
ここ大徳寺は多くの塔頭があります。
塔頭(たっちゅう)は、禅宗寺院で、祖師や門徒高僧の死後その弟子が師の徳を慕い、大寺・名刹に寄り添って建てた塔(多くは祖師や高僧の墓塔)や庵などの小院。門徒らによって立ち並ぶ塔の中でも首座に置かれたこと、あるいは、門徒らが塔のほとり(=「頭」)で守ったことから塔頭と呼ばれたなどの説がある。
大徳寺は塔頭24を有する[3]。2015年現在、大部分の塔頭で一般参詣を認めておらず、常時拝観可能な塔頭は龍源院、瑞峯院、大仙院、高桐院の4か院である。
それで、最初に行き当たった「大仙院」を拝観させて頂きましたよ
拝観ができる四つの塔頭の一つです。なんとなくウェルカムな雰囲気があります。
〈国宝〉玄関でっす
こちら今の入口です
内部は撮影禁止!
国宝
拝観料を支払って、御朱印をお願いしてから中へ入ります。ここの奥さんかお嬢さんでしょうか感じの良い女性が中をガイドしてくれました~
内部は廊下づたいにお庭があって、それが山からの水が川となり大河となってやがて大海に至る様を表しているそうです。
それは人生や修行者の成長をを示しているのだって。
それから、千利休と豊臣秀吉が使った茶室がそのまま残っていました。そこに入ったときは鳥肌が立つ感覚を覚えましたよ。
また本堂では座禅会も行っているそうです。是非とも今度機会があれば参禅させて頂きたく思います。
気は長く 心は丸く 腹立てず 人は大きく 己は小さく
拝観中にあった掛け軸の書と同じ文字です。これいいな~って思ったのですよ、そうしたら、授与品であったので頂いて参りました~
大仙院の御朱印
堂々たる揮毫ですね。さすが国宝を多く有する禅寺です。
大徳寺中を歩いていると朱い鳥居が目につきました。そちらへ行ってみるとそこは今宮神社でした。
さすが京都、大徳寺のすぐ裏手?面してこんな立派神社があるのですね~
人型を修めてきましたよ
東京では数が少ない月読神社がありました。かなり雰囲気があります。
今宮の奇石 阿呆賢さん(あほかしさん)
説明書きの通り、三回叩いて持ち上げると軽くなりました~
境内をだいたい回って八瀬で祭典まであまり時間も無いので一旦大徳寺へ戻ります。
今宮神社の御朱印
大徳寺に戻ってくるとお昼を回った頃で、観光客がかなり増えてきました。ここはまた改めてこようと思いバスで大徳寺を出て、八瀬へ行くバスが通る出町柳へ向かいました。
モミジが一枚
出町柳駅そばのカフェで軽くランチしていたらバスが行ってしまいました~
それでやむなくタクシーで九頭竜弁財天を目指します。タクシー代は思ったよりもかからずに二千円ちょっとで済みました。
オンタイムで九頭竜大社に到着。そろそろ式典が始まります。
この日はこの神社の発祥した日の11月24日に当たり、秋季大祭です。
今回がはじめての参加ですが、護摩壇のような物準備されています。
中には護摩木が重ねられています。その辺が油くさいのは燃焼用に油が使われているのかも知れません。
こちらが九頭竜大社の本殿です。
こちらは本殿の横にある雅楽殿。まさに雅楽隊が演奏しております
いくつかの祝詞を上げて祝典は進み、いよいよ護摩がはじまりました。
このどこかに前回わたくしが来たときにお納めした祈願の書かれた護摩木が入っています。
護摩は本来は仏教の密教の修法であるので、密教や修験道で行われるが、神道の神社の一部でも護摩が実施される。もともと神仏習合だった権現社や宮が、明治維新の神仏分離(神仏判然令)によって寺院を別の法人として改組した事例も少なくないが、現在でも神社において神職や山伏による護摩祭が続いていることがある。
以前、阿含の星祭りっていうのが流行ってことを覚えています。
今もあるのですね。
その炎が何かを表していると言うことだった思います。
ここでも炎は龍とかなそんな風に見える気がします。
こちらの写真の炎は、中央部になんとなく黒い梵字が浮き出ているようにも見えます
祭典が終わってから、わたくしはゆっくりとお千度(本殿を9周まわりながら祈願します)
を行ってからバスで京都駅へ向かい帰途につきました。
実は、さきほどこのブログをあらかた書いたところでいきなりブラウザ(Firefox)がダウンして大半を書き直すことになりました。
こういうのは、ちょっと疲れますね。このはてなブログはマメに保存するのも結構手間ですが、書いた物が殆ど無くなって書き直しとなるとかなりのショックですね~。
ともあれ、火曜日の大阪への出張からはじまって、翌日勤労感謝の日の大阪堺の聖なる旅と参加したイベント、京都の宿泊。さらにこの日の京都の旅と盛りだくさんでした。ありがとうございました!